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                               エル・グレコ美術展

'12.12.6.大阪・中之島・国立国際美術館でエル・グレコ(1541-1614)美術展を見る。ウイークデーではあるが、老若男女関係なく、多くの観客が観賞していた。この美術展についての新聞による解説、NHK日曜美術舘での感想など、色々と論評がなされている。それらを参考にしながらこの美術展を楽しむことができた。
 16世紀から17世紀初め有名なマルチン・ルター(1483-1546)の宗教改革などのさなかにあり、宗教界も社会も大きく変革期を迎える時期でもあった。ヨーロッパ(ギリシャ、ローマ、スペイン)とエル・グレコが渡り歩いた国、当時の様子や宗教、
領主、王国など時代背景と共に、どう生きたのか興味がある。
 彼の作品は、彼はイデオロギーに忠実な画家であり、宗教画が中心である。マグダラやマリアやペテロなど、悔悛
(かいしゅん)する聖人の姿を好んで描いたが、「悔悛」こそはプロテスティズムとの相違を示すカトリック側の重要なスローガンであったといわれる。
 青と白と黒が影をうまく使い陰影を浮き上がら見事に絵に活かされている。又、現世と神秘的な空想の世界が一枚の絵の中にうまく調和し、美的に描かれていると思う。
 又、見る角度や、高さ(上に見るのか、下に見るのか)など、この絵が飾られる場所が、光によって絵がどのように見えるかなど、計算されつくして描かれている。目線で見る高さの絵は丸く、ふくよかに描かれた顔や足が、下から見る所に飾られる絵は、縦に執拗
(しつよう)に長く伸ばされて描かれている。又、人を引き付ける色(赤)が、ど真中に大きく描かれており、上下や、左右対照的に使われ描かれたりもしている。
 彼は、敬虔な宗教家であったが、彼が描いた絵は非常に高価だったと言われる。有名になった彼のもとに、数多くの絵の注文が
(教会や国から)入るようになった、それに積極的に応じるため、工房も作り営業的にも、手腕を発揮したようであるが、それ等作品の多くは、広くスペインの地域の教会に彼の絵が展示されていくようになったといわれる。
 一方、キリストの上に民衆を描いた事等へのクレーム、又、背景にトレドの街並みを描くように要求等されたり、絵を注文した教会や国王から、クレームが来て修正を命じられたりしたが、画家のプライドとしてだろう、修正には応じなかったといわれる。そのためか? その後、国王や、教会からの注文が来なくなったらしい。その後、彼は、友人等の肖像画を数多く描いたといわれる。


 ここで、エル・グレコ展で会場(壁)に書かれた彼の言葉(色彩や数値に関して)興味ある文章に接することができたので2つ紹介すると、
  ・1、「思うに、色彩*1の模倣こそ最も困難な問題である。なぜならそれは賢い者を欺いて見せかけと本物とを間違いさせるからである」。
  ・2、「なぜなら、真実のところ、諸芸の至高のものは言葉で置きかえたりすることはできず、絵画で何かをやり遂げた人は決して寸法*2を測ったりはしません」。

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