散歩道<5069>
政治を話そう・インタビユ・オピニオン・ 退屈しのぎを超えて
3・11のショック 人は考える動物に 今こそ変える時(4) (1)〜(5)続く
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・・・・消費社会に連なるような「退屈しのぎの政治」が続くのだとしたら絶望的ですね。
「でも今日の日本では多くの人が物を考え始めている。臣民型の政治文化を脱する機運が感じられる。これは注目すべき事態です」
「このままではダメだという雰囲気は政権交代後も高まる一方でしたが、やはり3・11は決定打でした。多くの人がお任せ民主主義ではもダメだと考え始めた。マスメディも政局話ではもう数字が取れなくなっている。多くの人の関心は原発とか年金とか、個々の政策の具体的な内容に向っています」
・・・・「暇と退屈の倫理学」では「考えはじめること」を[動物になる」と説明されてますね。
「『考える』というのは不思議な出来事で、やろうと思ってできることではありません。人間は普段、退屈と気晴らしが入り交じった日常を生きていますが、時折、そこに何かが不法侵入してくることがあって、そういう時にものを考え始める。逆説ですが、その状態は動物に似ています。動物は退屈と気晴らしが入り交じった日常とはほとんど縁がありませんから、だから私は気晴らしの享受を『人間的』、ものを考えはじめることを『動物的になること』と呼んでいます。考えるというのは困難でめったに起こりませんが、今の日本では強烈な危機感が人に考えることを強いているのでしょう」
・・・・でも現実には、退屈しのぎ政治が続いてますよね。
「今の問題は、政治について皆が真剣に考えても、それを現実の政治に反映させる筋道があまりにも限られているということです。官邸前デモにあれだけの人数が集まったのもそれへの不満の表れでしょう」
「デモを疑問視する人がいますが、人々がああして路上に現れることは重要です。ただ、デモが定着しつつある今はその次も考えないといけない。考えているのは政治家への働きかけ、ロビイングのようなものです。インターネットは個別的な問題を巡って人が集まるのを容易にしました。今後はその力を政治への圧力としてきちんと形にすることが必要です。多分、折衝の専門家のような人が求められるようになるのではないでしょうか」
「その際『個別の問題ごとに』というのが大切です。『せっかくだから憲法9条も入れよう。ならTPPも』などと論点を肥大化させると限られた人々しか参加できなくなる」
'12.10.2.旭新聞・哲学者・国分 功一郎さん
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