散歩道<5064>

                             まなあさ さあ、知の世界へ
                                  
無駄なことをしてみよう・(1)                (1)〜(2)続く

 いまの高校生に「師と仰げる人がいますか}と聞けば、多くは「いない」と答えるでしょう。なるほど、我々はネット社会にいて検索ができ、知りたいものを抽出できます。しかし、具体的な人間像としての「師」を見つけることは、難しくなっています。
 学ぶ時には、手本になる人が必要です。高校時代の私は、書物に師を求め、むさぼるように夏目漱石を読みました。もう1人の師は、マックス・ウェーバーでした。
 夏目漱石とマックス・ウェーバーには、同時代を生きたという他にも共通点があります。後で分かったのですが、それは「対象から距離をおいている]という点でした。
 当時の文壇では、生々しい人生を私小説に描く「自然主義文学」が主流でした。それに距離をおいていた漱石は、余裕派と言われていました。ウェーバーも、学問において学ぶことは距離を置くことだと言い、客観性を重んじました。
 「大学の恩師で、経済史が専門の大塚久雄さんからも、私は貴重な教えをいただきました。それは「無駄なことを学ばなければ、何が大切かは分からない」ということです。
 残念なことに今の学校での学びは、役に立つことと立たないことの間に線を引き「役に立つことに時間を費やしなさい」と、勧めています。成績優秀な子どもほど、小さいころから親にもそう言われます。無駄に手を出さない。無駄な人と付き合わない。無駄な本を読まない・・・。そうやって、小さいころからのトレーニングされているのです。しかし、そんな学び方は、そろそろ限界にきていると考えます。

'12.8.13.朝日新聞・政治学者・東大教授・*1姜尚中

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