散歩道<5043>
仕事力・自分は何を幸せと考えるか(1) (1)〜(4)続く
マニュアルが奪うもの
ジャッジの要らない対応は増え続けている。
先日携帯電話を買い替えに行った時のことです。目の前の担当者は僕と話をしている最中でも、他の誰かが「有難うございました!」と声を出した瞬間に、何をおいても「有難うございました!」とそのたびに叫ぶのです。今では当り前になりつつありますが、そういう人間性を無視したマニュアルを採用して徹底するのは恐ろしいと僕は思っています。
例えば、コンビニエンスストアで、自分が床掃除をしていようが本の整理をしていようが、誰かが「いらっしゃいませ、こんにちは」といったとたんに、お客さんを見もせずに同じように声を張り上げるのは人間の生理に反しているし、必然的にそれは独り言になっていきます。でもマニュアル対応は、入店してくる人がおなじみさんかどうかなど、心を配るジャッジを一切無効にして構わない、ある意味ではとても機械的でラクな接客法です。よく、言葉をダメにするのは若者だというけれど、実は企業がこうやって人の自然な言葉や感覚を奪っていますよね。
それに痛みを感じるか、あるいは、やれといわれたコミュニケーションなんだからと割り切るか。仕事をしていると、他にも様々な迷いや葛藤があるし、きっと1人ひとりの判断は違うと思いますが、何よりも大切なのは、自分はどう感じているかを手探りすることでしょう。
あなたの幸せを人はきめられない
仕事が容易に見つかる時代ならともかく、いくら嫌な職場でも、もう次が無いからマニュアルぐらい気にせず踏ん張るという人もいれば、息苦しいから他を探したいという人もいる。仕事を選ぶ時って、「俺は一体、私は一体何を幸せと考えるんだろう」っていうことからスタートするしかないのだろうと思います。
もちろん、そんなに簡単に結論はでないし、一生死ぬまで答えが見つからない可能性の方が高いけれど、少なくともどっちらが自分にとってベターか、ということではなく、どっちが「悪くはないな」と思えるか。例えば1日友達と話した日と1日テレビを見つづけていた日とでは、どうだろうか。図書館から借りてきた推理小説を1日読みふけった日と、録音したバラエティー番組を8時間見続けた日とでは、どちらの1日が「悪くはない」時間を過ごしたと感じただろうか。
やりたいことがすぐに決められる人はすぐに始めたらいい。でもどうしても自分の気持ちがよく分からない、仕事も何がやりたいのか見えてこないなら、小さな問いかけを自分にしていくことです。本当に腹が減るような飢えを経験したことがなく時間が来たら食事をしているだけだと、自分がどうしても食べたいものなど分からないのが普通ですよね。でも3日も食べないと「これ!」と言える。
仕事も同じです。離れて、飢えの状態で「どうなんだ。俺」と感じて下さい。、
'12.11.4.〜25.朝日新聞・作家・小説家・鴻上 尚史(こうかみしょうじ)さん