散歩道<500>                    
                  
散歩道・3250回記念・面白い話・大集合(52)

325.アメリカでは1%の富裕層が、アメリカ国民全財産の40%を所有する社会なのだ。散歩道<924>

326.私の記念号:カウンター数は'10.01.08.現在の状況は、(以前のものの合計で、カウンター31.450、散歩道3250(実質)、面白い話大集合は335番、散歩道<3081>

327.人間は仲間と向かい合って食事をすることを好む。人間の目には瞳の部分と白目の部分があり、その動きによって内面の変化を察知できる。白目のない類人猿は向かい合ってもこうしたコミュニーケーションはできない。人間の家族はこのような食の共同によって生まれたと思う。人間は食事の場を公にすることで家族の孤立を防ぎ、より大きな地域社会の編成を目指してきたのだろう。昨今の食事は互いに視線を合わせないようにして食べるサルに似てきているような気がする。これでは共感の能力は育たない。共感の欠如は自分への関心をあおり、人々は自分だけが満足できる世界にこもろうとする。散歩道<3269>

328.
世相(148)・10000年、2000年、100年、50年、10年目,1年目の出会
。散歩道<3256>*1、*2.*3.参考にどうぞ
  
10.000年前の経験(出会)「話に乗る会」1年(出会)、の皆と、南極の氷を水割りで飲むことが出来たことだ、(10.000年前の氷は当時の空気が一瞬に凝縮されたものと聞く)、氷に水を注げばコップの中でパチパチと音を立てて氷が融ける、悠久の世界を感じた。2000年前の経験(出会):南フランス*1でローマ時代の闘技場、円形劇場やポン・デユ・ガール水道橋を見、700年前のノートルダム・フルヴィェールバジリカ聖堂、英国博物館で2200年前のロゼッタ・ストーン等を見ることが出来たことだ。100年前の経験小冊子の文章に出会った):大阪御堂筋の「ガスビル」で業界のOB会。このガスビルは昭和8年(1933)「大阪瓦斯ビルディング」として誕生。ガスビル開業当時(写真が飾られている)からその本格欧風料理とともに、8階の東南に開かれたガラス窓の展望が昭和6年(1931)、当時再建された大阪城がよく見え、人気だったそうだ。日本の西洋料理の基礎は、唯一開港されていた長崎である。明治初めに横浜、神戸、函館、築地などの外人居留地を中心に急速に普及する 大阪の西洋料理の始まりは、大阪港が開港し外国人居留地が設営された明治元年(1868)*2である。福沢諭吉が、西洋料理のマナ−を始めて「西洋衣食住」にて、解説。その中に、「汁ものも矢張り平皿に入れ、さじにて吸うなり。汁もの其外,茶を飲むにも口に音をさすことも不行儀とす」と書いている。「NHK大河ドラマ・坂の上の雲」(第1回目、明治初期の当時の様子が本当に面白かった。)、当時(初期)、築地にあった海軍兵学校には、カレーライス*3が始めてお目見えした。(又、正岡子規によりアメリカより野球が日本に上陸する。野球・打者・走者・飛球等の言葉の解説を彼が手がけた)。'10.4.10.

329.まねた複写した絵が似ていないと批判された画家が、その元絵よりもうまく描いているもの。(これは絵の評価ではなく、見方、考え方の評価であるが)。 1枚の絵の中に過去、現在、未来が描かれているもの。 日本にも、戦国武将の中には、影武者が存在していた。この美術展にも浮世絵でだまし絵として描かれた絵が数多く展示されている。(この背景に、*1江戸時代にあった士農工商の身分制度が厳しく守られていたことも原因の一つだと思う。最下位の商人が経済力を持つようになって、その気持ちのはけ口を、風刺的な絵や遊郭といった社会でねじ曲げられ表現を強いられこの制度に抵抗していたのではないかと思った)散歩道<3243>

330.'09.12.民放のTV番組で寺島氏が、今の中国を理解するのは実に分かり難い(高度成長の持続の可能性、一極の富裕層と貧困層の存在、地域間格差の問題、資本主義と共産主義が並存する国、上海のカジノの存在(収入は上海の7割に当るそうだ)等の質問に、今の中国はネット社会だという見方から理解するのが一番分かりやすいのではないかと言われた。
散歩道<2414>
備考

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