散歩道<4855>

                       世相・NHK連続放送劇・カーネーション(2)                     (1)〜(2)続く

 この物語の中で、記憶に残った言葉や、行動がある。(糸子自身の言葉や、3姉妹のNHK番組スタジオ・パークでの発言内容から)
 1、糸子が独立したいと申し出たことに、父親は、100年早い、商売はそんなに甘いものじゃない
(仕事しに行くんじゃない・勉強しにいくんだ)と諭した言葉の意味。
 2、子どもの教育の為、思いつく塾や、教室に3姉妹を積極的に通わせたこと、恐らく女性が一人立ちするために必要な技術を若いときから身につけさせよとした
(女性)親の知恵と思う。
 3、糸子の洋服哲学は:A、洋服には人を慰めること。B、勇気つけること。C、本人も人も、元気つけることが出来る。力を持っていることを私は70年の経験で知っている。
(病院で患者を中心としたファッションショウを企画した時、婦長に話した言葉から)
 4、人間生涯現役。・・・・生涯青春として生きた人。
 5、高齢者向けファッション(コシノ・ブランド)の創設を72歳に始める。又、本当に岸和田のだんじり祭りをこよなく愛し続けた人。
 6、東京の百貨店のジュンコの店に壊れた古ぼけた自転車がウインドにファッションとして飾られた時、店長は店のイメージが壊れるからすぐ撤去することをジュンコに命じたが、その事を糸子は、客はそこに自転車を置いた人の本気度を確かめようとしているのだと評価した。
 7、85歳になって気がついたこと、年取ることはやりたい事を普通にやることが人を喜ばせ、人に、奇跡を見せる資格と責任があること、
 8、末期のがん患者がピカピカして歩くこと、又、笑うこと、それだけでも奇跡である、そのことが人に希望を与えることになる。

 9、年取っていくことは、ひとりになっていく怖さの、孤独に耐えることである。
10、人のためにやったことは成功したが、欲が出て自分のにやったことは完全に失敗した、このことは、自分の人生の経験から言える。《このことは欲の深い人がいろいろと経験したからこそ言えることで、何も思わん(欲もない)人は、何もなく(人のために何かすることもなく)ただ過ごすだけである》
11、糸子には年齢の数だけボーイフレンドを増やした、彼らは糸子が作ったタキシードを着てパーティーに参加することが決められていたそうです。

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