散歩道<4830>
インタービユー・オピニオン・震災国の私たち
戦後の日本見えた 外国人と助け合う 「守るな、逃げろ」(1) (1)〜(6)続く
あれから1年。私たちの社会は、何がどう変わったのだろう。大震災は、私たちの生き方や考え方に、どのような影響を与えたのだろう。兵庫県在住で、長年にわたって近代日本のありようを歴史的な視座と文明論の観点から論じてきた、劇作家の山崎正和さんに聞いた。
・・・震災は、私たちの社会や考え方をどう変えたのでしょう。
「少し長い時間軸で考えて見ましょう。日本が近代化してから、国民的な打撃を与えた震災は3回ありました。まずは1923年9月1日の関東大震災、ついで95年1月17日の阪神・淡路大震災、そして昨年3月11日の東日本大震災です。そのほかにも大地震や津波はありましたが、メディアによって惨状が全国に伝わり、国民的に共有された点では、この3回の震災が代表的です。
「結論から言えば、戦前の関東大震災と戦後の二つの大震災は、政治的・社会的・文化的な点から見て、非常に違う。社会への影響が大きく異なります。ここに着目したい」
・・・どのように違うのですか。
「関東大震災で顕著だったのは、異質者を排除しようという風潮でした。混乱の中で流言が広まり、朝鮮人や中国人への虐殺が起きた。それも一般の民衆によって。リベラルな機運や豊かで華やかな生活や文化を否定する風潮も広がった。震災は軽佻浮薄(けいちょうふはく)な国民に対する天罰だ、という天譴(てんけん)論が叫ばれ、澁澤栄一のような自由主義者まで同調しました。『国民精神作興ニ関スル詔書』というものも出た。軍国主義的な思想の芽生えがあり、その後の全体主義への一里塚になったといえます」
「さらに興味深いのは『防災』という社会を守る考え方と『国防』という軍事的な思想が結託したことです。これは東京大学の鈴木淳・准教授からうかがったのですが、震災で市民が火災から逃げたことを、後に陸軍大佐が論文で批判的に書いた。一方、東京・神田では、人々が防火に立ち上がった街があり、社会が称賛した。『逃げるな、戦え』というわけです。修身の教科書にも取上げられました。実際には逃げ道を確保した上での防火活動でしたが」
12.3.9.朝日新聞・劇作家・*1山崎正和さん
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備考:山崎正和さんに!18年の文化勲章を授与された。おめでとうございます。
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