散歩道<4758>
世相(251)・3、定年後読み続けている新聞、4、(A、利益をもたらす(会社に)。及び、B、100年の計である)と評価された。 面白い文章でもある
3、定年後読み続けている新聞から傾向を探る。
定年後も10年、日経新聞を読み続けている人:株とかっこいい自動車である?。地方新聞:実に地区事情に詳しい。朝日新聞の人:文化の話が中心?、
備考:これは毎月集まっている我等グループの話です。念のため
4、入社当時(今年でくしくも50年前になる)(A、儲けを会社に利益をもたらす(個人的な勝手な予想だが(数百万〜数千万円))。及び、B、100年の計であると評価された記憶がある)。
A:配属になった部署は生産部で資材管理もその仕事の一部であった。会社には数ヶ所の工場があったが資材購入方法は各工場の資材部が独自にやっていたので、釘やネジの類から紙まで国内の業者から、又、製品の原料は、世界各国から、輸入商社はバラバラであることに気付いた。これら各工場で仕入れているものを本社で一括して購入すれば、量的な交渉も出来るし、納入業者各社を競争させれば値を安くすることもできると考えた。当時(入社当時の(民間・月給20.000円・河出書房新社)1年で数10万円、10年では少なくとも数百万〜数千万円は(あくまで私個人の勝手な予想ですが)会社に利益をもたらすことができると判断し、必死で、過去何年かの購入実績を統計的に纏め、グラフにし、安く購入金額で買えるメリットを確信し発表した。このときは燃えた。作った資料を各工場の資材部に配布した。
各工場から”何が入社1年目の小僧にわかるわけがないと”圧力がかかり、勤務態度にも問題もあったのか、1年半で高松出張所に転勤させられた。(最初、この仕事は好きでなかったが、やっている内に、この意味の大きさに気がつき、別の角度の楽しみを知り、生き甲斐を感じた)。散歩道<91>時間の区切り・転勤から得たもの・マニュアル、
B:入社5年目の勤務地は営業で新潟であった。独身寮から広い住宅に引っ越した私には、この広さはもったいないと感じた。この広さを活用し、卸のセールスを営業で役立つた為の教育に(自分だけの会社の製品の教育の為でなく)、活用できないかと考え、家にはいつも7〜8人のセールスが寝起きを共にするようになった。その事情を、当時、当社本社から卸の役員として出向されていた部長から”君がやっていることは、100年の計に値する”と、本社人事課に報告され、入社6年目で社内表彰を最年少記録で受けた。(このことを思いついた背景には、小さい時から珠算塾に通っていたことや、スポーツ部(大学ではハンドボール)の合宿でのお互いの会話による切磋琢磨の楽しみ、電気機器の利用等が出来るのではないかと判断したことである)。
備考1、:生意気のようだけど、入社6年目で”100年の計”と自分を評価として頂いたことは、何かに集中して取り組めば、得られる何かがあることを実感できたと今も思っている。
備考2、:A、があってBがある、会社の奥の深さを感じ、私はこの会社は、いい会社である・捨てたものではない!と自覚することが出来たことを誇りに思った。