散歩道<4730>
美術展・中国近代絵画と日本
明治末から大正時代にかけての日本と中国の関係は随分いい隣人関係にあったことが残された絵画や手紙から知ることができる。文化に関して、西洋との関係は中国は古く、日本は江戸末期からということになる。絵画に関しては、中国は伝統的な画風が主で、西洋流を取り入れつつも明治の初め(1880年頃までは)中国流でいくことになった。その間、日本は若い芸術家の西洋への留学など、政府の援助等もあり、西洋の技法を積極的に取り入れる方向であったため、日本画壇には、西洋流と日本流の各派が併存することになった。その意味では、中国にとっては日本は西洋化の先輩であったと思われる。
多くの中国絵画には漢詩が書かれている、その意味するところが理解できれば絵も興味深く見ることが出来る。その独特の文化をそこに残している中国文化の奥の深さを感じる。
修正を許さない墨の黒の濃淡を使い分けた自然の風景等の水墨画の画面から、研ぎ澄まされた気迫が全体像と詳細な部分まで描かれている絵に、絵師のきりっとした姿勢を思い浮かべる。水彩画には西洋画にない味がある、生活の中に自然があるという感じがする。その後で、カラーで描かれた絵を見た時、何とも言えない気持ちの安らぎを感じてしまう。自然の山や、滝、木、花、鳥、動物など同じ地球で同じ時期に生きているもの同志だという優しさを感じてしまう。
この美術展で、強く感じたのは元外交官・須磨弥吉郎さんという人物の存在である。コレクターとして又芸術家の後援者として、当時の日中間の文化交流の構築に尽くしてきた人ではないかと思った。
この美術展で得た、(私にとって)新事実*1がある、子供の時からの知識や思い違い(狭さ・勘違いした考えか)により、ある花や木が好きではなく、むしろ嫌いであり、自分勝手に避けていた。その花や木が、実は中国では、「お目出度い」もの、「喜ぶべきもの」と解釈しているという説明に、(EX.枇杷や、蓮根等、又、魚、金魚、鷹の意味するところ、古い文章で面白かったのは、エヂプトと書かれた本の名)今後考えを変えようと決めたことである。
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備考:'12.1.22.NHK・日曜討論、「日本人の危機時代のリーダー」で、必要なことは、*1違いを認める。その方がむしろ正しいという教育こそ必要だという討論が合致すると思った。(この場合は、個人的な問題ではあるが)・・・・この記事(日本人のリーダー)については、散歩道<4739>で発表しよう。