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外交と歴史・日中あつれきの底に流れる主観性の増長(1) (1)〜(2)続く
歴史で起きた出来事にはかなず原因がある。原因が一つとはか限らない。歴史学では原因と結果とのつながりや関係性を「因果率」や「因果関係」と呼んでいる。どの出来事でも万人が納得できる因果関係がすっきり説明できるわけではない。裁断できる原因が多くある場合歴史を解釈する筋書きとして主にどの原因を選ぶのか、原因という点で正当性を選択する資格をもつのは誰なのか。常識的にはそれは職業としての歴史家ということになるだろう。国によっては独立や戦争といった出来事について公権力が原因の選択に介在する場合も多い、(イスラエルのシオニズム、トルコのアタツタルク主義、中国の毛沢東思想などは、社会統合のイデオロギーが歴史の因果関係を解釈する搭となる実例なのだ)。しかし現実の国益を巡って対立する相手に絶えず歴史認識を外交カードとして駆使しながら最大限の利益を得ようとする姿勢はどこかおぞましさがつきまとう。歴史解釈の筋書きと因果関係の選択権を独占しながら相手を屈服させようとする外交は、90%以上の勝利を求める点で「砲艦外交」の考えに限りなく近ずくからである。自らの歴史解釈をたのむ場合でも主権国家間の平和外交では相手の主張を数%上回る成果に満足せざるをえない。4月中国で起きた反日デモの暴力と破壊行為に関する中国指導部の説明は一部市民の暴徒化という「結果」から歴史の因果関係の問題を考えるうえで格好の素材となる。中国の最高エリート達は「日本政府が歴史認識、靖国、教科書問題などで中国人民、アジアの人々との感情を傷つけた」点にもとめた。2005年の出来事の原因を1930年以降の日中戦争の事実だけでなく、現代の日本政府の歴史認識に求めた。中国の一般市民は公式教科書を通じて歴史知識を得ている以上、事件がおきた原因は、ほかならぬ中国政府の「欽定(きんてい)解釈」じみた歴史認識にもあることを忘れてはいけない。
'05.6.1.朝日新聞、東大教授・山内昌之氏
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