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散歩道1400回記念面白い話・大集合(21)
135.'06.11.4先日のNHK・TV・土曜フォーラムで、ノーベル学者・利根川進氏が発言された中で印象に残る話。
1、研究をやっていく上で必要なことは、人のやっていることをよく見、まねることです。自分の先生を真似る、優秀な仲間のやっている ことを真似ることです。私の教室からノーベル賞の学者が自分を含めて3人受賞している。 2、今の日本の大学教育で必要なことは、哲学を学ぶことです。物事に総合的な判断が要求される為、どうしても必要になってきます。 関連記事:散歩道<170>ノーベル賞小柴教授と田中耕一様、<172>野依教授の興味ある記述
136.たった2人しかいなかった「秀才」
「おたくのお子さんは秀才で・・・・」などというお世辞を真に受けて、目じりを下げているようではまず教育ママンの資格は無い。受験勉強の華やかな昨今、天下に"秀才”があふれているらしいが、本当の意味での秀才はそうざらにいるものでもない。日本語としての”秀才”は、官吏(かんり)養成の為に大学寮が設けられた奈良から平安にかけての律令時代に、ここで教えられていた4科目の1つ、文章道で抜群の成績とった上位2人の学生だけに与えられし称号なんだ。この大学寮、どんなに頭がよくても、女子の入学は許されなかったから、女性の秀才は存在しなかったことになる。そのかわりに、のちに女性のために出来ている。”才媛”という言葉ができている。
137.年を取るにつれて・・・・・「とどのつまり」
俗世間に染まらぬ、初々しい娘のことを、”おぼこ娘”などというが、このおぼこ、実は鯔(ぼら)という稚魚時代の名、少し大きくなるとイナ、2歳魚になってボラになり、4歳で成魚になるとトドと呼ばれる。トドになると、あとは卵を生んで死を待つばかりの運命となる。女性も、オボコのうちが花。結婚して、子供を生んでと、世間の荒波にもまれるうちに、次第に女らしさも失われ、「とどのつまり」はお婆さんばあさんになる運命にある。それなら、こどもや、亭主のしりをたたいて年をとるより、のんびり暮らしてよいお婆さんになりたいものだ。結局、人生などというもんは、あくせきしても、そう変わりは無いのではないか。樋口清之様
138.引き出し付き事務机は権力の象徴「官僚制」
官僚制はエジプトやペルシャ・中国の昔から一国の政治を大きく左右してきた巨大な権力構造だが、その力の秘密は何処にあるのだろうか。語源をたどって見ると、意外にその本質が明確になる。日本語で「官僚」といえば「おなじ官にある同僚」というぐらいの意味で、どうということはないが、「官僚制」の英語である「ビューロクラシー」の「ビューロ」は何と「引き出し付きの事務机」のこと、かのマックス・ウエ−バーが、近代官僚制を合理的で事務処理制度と言ったように、まさに官僚制とは、この引出し付き事務机に象徴される事務と情報の体系であり、ここにこそ、その権力の秘密があるといってよいであろう。樋口清之様
139.政治が鐘で動くのも道理「経済」
一国の経済が政治と不可分の関係にあるのは当然だが、東洋では、経済は政治と不可分どころか、政治そのものだったらしい。というのは、「経済」とは、「経国済民」(けいこくさいみん)つまり「国を治め、民を救済する」というふるい中国の言葉を詰めたもので、江戸後期まで、完全に「政治の意味で使われていた。五代将軍綱吉のブレーンだった荻生徂徠(おぎゅそらい)の高弟太宰春台は(だざいしゅんだい)は『経済碌』という本を書いているが、これもやはり政治論文集だ。江戸末期から今でいう「経済」の意味で使われだし、明治になってエコノミー(economy)の訳語として定着した。政治は金がかかる」の名言を生み、国をあげて経済大国へ邁進したのも、この語の由来からすれば道理か。樋口清之様