散歩道<4685>
                      世相(248) NHK・大河ドラマ・「坂の上の雲」(1)    (1)〜(2)続く      ・・・・発想を変える            
                    この大河ドラマの中で興味を感じた話や、言葉等を列挙してみた。    

1、司馬遼太郎*1さんのこの本を読んだ時(30年前)こんなに楽しい本があるのかと感心したものです。その物語がTV化され3年間に渡って年末に報道された。渡辺謙さんの毎回初めの、ナレーション、森真紀さんの歌にしびれた。この映像は実に楽しかった。最初の物語の秋山真之、正岡子規
(香川照之)、正岡律(菅野美穂)や夏目漱石との絡みの楽しさ子規が亡くなった後の律と、真之への幼少からの思い、と秋山秀子(石原さとみ)との思いの絡みの演技の旨さがこの物語をより楽しい人間臭いものにしていたのだと思う。
 それからの戦争の場面に移るが、
戦争という実に暗く重苦しい話にも関わらず、司馬さんが言っているように、当時の日本人の楽天主義の思想がその背景にあることも、見て又、読んで、楽しい物語として読者が向き合えるものとなっている。
 本の中で印象に残っているのが203高地の何度もの攻撃するも敗北する日本の陸軍、その指揮官である乃木大将
(柄本明さん)、その戦い方に疑問を持った児玉源太郎(高橋英樹さん)が乃木大将と直接会って、指揮権を受け大砲の連打を203高地に猛攻撃を与え続け、短期間に占領してしまう場面である。柄本さん、高橋さんの演技は正に名演技であった。

2、何も情報なくロシア軍の陣地を占領すべく攻撃を仕掛けた乃木軍は、多くの軍人を失う。そこで言った乃木さんの言葉は、友軍の血の海を乗越えて前進するより方法はなかったという話。203高地の何層のもセメントで固められた陣地に攻撃するがロシア軍の猛攻の前に大きな被害を被る、そこで近代(兵器)というものを知るという文章。

3、日露戦争の最大の謎は、日本軍と比較して何倍もの多数の軍人を持ちながら、クロパトキンが守っていた遼東半島から退却したことである。それは、コロパトキンが大山巌
(米倉斎加年)児玉源太郎の戦略(小人数で大人数の敵(ロシア)を包囲すると見せかけた戦略:その戦略を実行するには後に大人数の軍隊がいると想像させたからである)に負けたことによる。

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備考1、: '12.5.13.朝日新聞・安野光雅*1さんの話:司馬遼太郎さんと話した時、司馬さんが好きな作品は[空海の風景』といわれました。私は『坂の上の雲』ですと、言うと、司馬さんの感想は複雑そうでした。「この作品は時代に利用されやすいという意味で危ないところもある」と思われていたのではないでしょうか。唱歌にもなった、「広瀬中佐」が沈んだ船で部下の「杉野はいずこ」と船内をくまなく3度訪ねるが、沈んだ船で誰がそれを見ていたんだ、と理屈をいう、子供に詩的表現はわかりませんから。乃木将軍は203高地の激戦で自分の息子を2人亡くし、美談にされました。以前、パリの古本屋で写真集を買った中に、日露戦争を記録した写真がありました。ロシア軍の屍(しかばね)がずらりと並んで、中央に神父さんが立っている。美談ではなく事実はそういうところです。去年、絵を描くために旅順に行って203高地や「水師営の会見」の場所も見ましたが、なにもかも風化した感じでした。日本は日露戦争に勝って、世界に初めて接触しました。勝ったのは僥倖(ぎょうこう)とおもってもよかったのに、あの時の幸運が日本陸軍の遺伝体質となっていた。という意味のことを司馬さんはよく言っておられました。このあたりのことを司馬さんは問いたかったのだと思います。テレビ映像にすることは断わったといいます。映像にすると自分の思いが通らないからと。私は司馬さんのつもりになって、先ごろのNHKの番組を全部は見ていないのですが、ずいぶん力作でお金もかかっているようでしたね。『坂の上の雲』にある司馬さんの日露戦争への歴史認識は、国家主義的でなくて公平だと思います。司馬入門書としても、そこを読み取ってほしいものだと思います。2012年5月21日