散歩道<4664>
                     仕事力「非日常を捉えて生きる」(2)未知の引力に抗(あらが)わない    (1)〜(4)続く
                               

差別の視線を感じ新たな関心が芽生えた
 結婚のためフランス岩立ったのは1957年、プロペラ機で片道50時間もかかった時代でした。夫を取り巻く人々も私に優しく接してくれた。
 ある日、靴を買いにいって靴屋でそれまで経験したことのない「敵意と出会ったのです。
 
私の足は身長のわりに極端に小さく既製品に派ないので注文に行ったのですが、いきなり女性店主からの「足を小さくするという伝統は今も続いているわけですか」とか「子供靴専門店でも行くか、いっそ植民地に帰った方が早いんじゃないの」などという敵意丸出しの言葉を浴びてひどく動揺しました。
 日本に住む限り人種差別を体験することは少ないと思いますが、人格を否定するような屈辱に、私はかなり傷つき、同時に、西欧の社会に深々と横たわっているらしい差別や宗教観を捉えてみたくなりました。ヨーロッパの美術館にある絵画には、印象派以前は必ず「受胎告知」のような神中心の世界が描かれています。私はまずユダヤ人がなぜイスラエル人と名乗るのかが分からなかった。それから夢中になって旧約聖書、新約聖書を勉強しました。私の混乱を見て夫はこういいました「見てしまった人は、見なかった前に戻ることはできない」と。ユダヤ問題を知ってしまった私はもう知らなかった昔に戻ることは出来ないのです。私の関心は次第にドキュメンタリーやノンフイクシヨンの世界に移っていきました


心はフイクションからノンフイクションへ

 靴屋事件から4分の1世紀経た84年2月、パリに亡命中だったイランの元将軍が革命派のテロで暗殺され、その現場が知人の家の前でした。その日は私はそこに行くはずだったのです。で、またまたイランってなに、イスラムってなに?。2か月後イランの首都テヘランの革命広場に立っていました(笑)。ユダヤの大敵イスラムという世界の不思議と魅力を書きたくなった私はその後も、イラン・イラク泥沼の戦争中、イラクからの空爆の最中にまた一人で行き、1ヶ月滞在して「砂の界(くに)へ」を書きました。今では絶版になっていますが、私の心に残る小さな宝物です。
 念願のユダヤのイスラエルには、88年春、イスラエル建国40周年にドキュメンタリーの仕事で行き、『ベラルーシの林檎』を書きました。人から聞いたことでも、本で読んだことでもなく、現地を自分の目で見て感じたことを、私は「見てしまった人間」として、伝えたかった。結果、私はあらゆる差別を憎み、弱者への迫害を憎む人間になりました。突然起こる非日常を捕まえてそのことに身を挺して進む。そんな生き方から生まれたこの2冊の自著に、私はいまだだに深い愛着を持っています。そしてこれからも降って湧く偶然に敏感に生きて生きたいと思います。


'11.11.9〜'11.10.30.朝日新聞 女優・俳優・岸 恵子さん

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