散歩道<4663>
仕事力・「非日常を捉えて生きる」(1) (1)〜(4)続く
判断は自分で、の原点
12歳で死と隣り合わせた
1945年5月29日の横浜の空襲で私の家は全焼した、私が入るように連れて行かれた横穴の防空壕を、ここは危ないと直感した私は周囲の人が止めるのも聞かず1人で公園に逃げました、この防空壕に入っていた大人や子供のほとんどの人は亡くなりました。この時大人の言うことを、はいはいということを聞くことをやめようと決心しました。大人といえども、確信をもって人に物を言っているのではない、自分のことは自分で判断しよう。危険と引き換えに私が手にした生き方でした。
いい映画監督が師であった
どうやって自分を生きるのか
私は将来は小説家になりたいと夢を見ていました。好奇心に駆られて友人に誘われた映画の撮影所で映画出演の声をかけられました。「おとうと」の市川昆監督は、私が演じる姉役を「こんなに綺麗な姉さんじゃ駄目だ。ぎすぎすやせなさい。弟のことだけを思っている、文学的センスも知性もない姉さんだ。だから口を年中ぽかんとあけていろ」と。その一言で何かが溶けて気が強くてけなげな姉娘になれたと思います。
自分ををまっさらなカンバスにして、監督が思う人物を描いていく。その中に自分も織り込んでいく。それが演技者の芸だと思います。ある役のために自分を空にすることは、自分を無にすることではありません。
'11.11.9〜'11.10.30.朝日新聞 女優・俳優・*1岸 恵子さん