散歩道<4661>

                            講演会・韓国における親日派(2)               (1)〜(3)続く    
                        韓国における<親日派>言説に関する一つの考察

 その問いが提起された瞬間感じる当惑こそが、そのドキュメンタリーに対しなぜ韓国社会と大衆があれほどまでに徹底して沈黙を守っていたのかを説明してくれる。要するに何十年もの間慣れ親しんできた「親日派」言説ではかれらのアイデンティティー、彼らの死を説明する術がないのである。彼等は誰なのか。彼らはどのように死に、どのように記憶されるべきなのか。より単純に言うなら、彼らとは一つの民族なのか、「反民族行為者」なのか、彼等は加害者なのか、被害者なのか。靖国と日本国家がかれらの死を記憶、発話する主体であり得ないことは明らかである。誰が。大韓民国、または朝鮮民主主義人民共和国と呼ばれる国家。靖国でないのなら(そんなことはないであろう)「国立墓地」、でなければ「革命烈士稜」。
 こうして彼等は「親日派」、または韓ー日問題に関連した韓国社会での支配的な言説、即ちナショナリズム的な思考に極めて深刻な亀裂をもたらすものであった
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 全てのナショナリズムは必然的に被害者のナショナリズムである。だが、彼等の存在と死は被害者のナショナリズムに一つの大混乱を誘発するものでしかない。彼等は「被害者」でありながら「加害者」であり、「親日派」でありながら「同胞」であり、「清算」される対象でありながら「戻ってこなければならない」存在である。 要するに、「ネイション(民族、国家)」という名で彼等の存在と死を語る瞬間、「ネイション」は制御できない自己矛盾と混乱に陥ってしまうのである。そしてその混乱に対する韓国社会の反応は、対応の難しい複雑な問題の前ではいつもそうであったように、沈黙である。
・・・・・・・・以下、続くが、この話の内容は(韓国人向けに書かれたものだそうです)当日、講師が出席者に配布されたものから抜粋した。

'11.12.13.延世大国文科教授・キム・チョル(金哲)      コメンテーター国際日本文化研究センター教授・鈴木貞美氏

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