散歩道<4659>
展示会・京の小袖(2) (1)〜(2)続く
江戸時代・宝歴期:小づけ模様。散らし文様。単位文様を繰り返し大柄を構成する。とりどりの褄文様、裏文様。伊達絞の流行。
地色・・花色多用、千草(ちぐさ)、多彩な名で呼ばれる茶など、主として濃色。
加工・・白上がりとよび、糊防染で文様を生地白で表し、友禅染技法により、刺繍を加えていろどりを添える。
江戸文化・文政期:「いき」、「媚態」、「垢抜けした色」、「意気地」、「諦め」の性格を備えて表現されています。
「いき」*1の色の表現として、第一に灰色系、第二に茶系、第三に青系が主に使われた。
《社会の規制が厳しくなると、裏地に華やかな柄模様を使うとか、目立たない場所に使いたい派手な模様や色を使うとか、日本人の美意識の伝統は着物が使われるように成った昔(平安時代)から日本人はその伝統を守り続けたのだと思う。又、朝のNHK・連続TV・「カーネーション」の中で、演じられているように どんな厳しい(戦争)時代でも、女性は華やかさと、美しさを持ち続けた(もんぺであっても)のである》。戦時中も女性は美しさを追及すべしと実行し続けた淡谷のり子さんの話は伝説です。
江戸時代後期の初め、さらに限れば宝暦期あたりから、方向性が加わります。それまでは公家、武家、豪農、豪商の女性、遊女・若衆らの服装はほぼ同様の性格を見せていました。しかし宝暦期ごろから階層、職業・年齢・性別などによって複雑に変化したようです。この時期は田沼意次の開放的思想により人々は平等であると自覚されました。それを受けて文化・文政期も身分などによって厳しく制約されるよりそれぞれの人が自分自身を見るという、したがって各層ならではの特色を、衣服に積極的に表した。
小袖(着物のこと)はいつの時代も、各時代各時期の現代感覚が、永遠の感動をたたえて、21世紀の我々を魅了するのです。先取りを求めて「雛形本」の刊行です。それは「文様は全て新しい考案によるもので、時代遅れのものなど一切ないということです」誇りです。
小袖も、自然現象の火事や、色々な社会の規制の中で生きている以上、影響を受けていると思われます。
大正、昭和初期からの洋服への傾注は着物文明の依存から離れて行く、このことが結婚式や、卒業式、お花、いけばなの行事のような特別な時に着用するようになっていったが、これだけの技術と色や模様の文化が生かされていない今の時代は何とももったいない気がするが。
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