散歩道<4644>
文化・音楽評論、原点を見つめ直す(1) (1)〜(3)続く
社会と接点探る動き盛ん
日本の音楽評論の足元を見つめ直す動きが、このところ活発だ。明治以降のクラシック導入に大きな役割りを果たしてきた音楽評論だが、聴衆の嗜好(しこう)の変化もあり、社会との接点が見えずらくなっている。原点を見据えることで浮かびあがる、音楽評論の未来とは。
日本における本格的なクラシック受容の事始は明治期。音楽は美術や文学などさまざまなジャンルとの関係性の中で論じられ、音楽評論家は名曲の魅力や名演の真価を一般の人々に広く紹介することに心血を注いだ。
試行錯誤たどる
しかし開戦に伴い、「敵性音楽とどう向き合うか」という新たな問いが評論家たちに突きつけられる。今月復刻された「音楽文化新聞」(金沢文圃閣、全3巻・別巻)は、そんな時代を生きた評論家たちの試行錯誤を余すところなく伝える。1941年、開戦とともに産声をあげ、のちに「日本音楽文化協会会報」と名称を変え、終戦の年まで発行された。
音楽之友社を創設した堀内敬三(1897ー1983)は「楽壇は如何(いか)に戦うべきか」というタイトルで論考を繰り広げる。当時の敵国*1だった米英の楽曲については「封じてしまうべきか」だが、*2「蛍の光」「庭の千草」といった外国の民謡を元にする歌曲は、多くの人が日本の曲と思っているから許す、英国に帰化したヘンデルの曲は英国の曲らしくないからいいのではないのでは、と真剣に論じつめる。2011年12月7日
'11.11.29.朝日新聞・吉田 純子さん
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