散歩道<461>a
散歩道・1000号記念特集・面白い話・大集合(13)・17回に分け散歩道<449>番)〜<465>(118番)報告します。

91.継続する為には、好きだったり、ほめるたりすること、好奇心があったり、物事が好き(惚れる)でなければ続かないのも事実だ。好きというのは、”商売にあきない”という意味があるように、継続するためにも大切な事なのだ。五木寛之様が(TV)で、自分の素っ裸の姿を鏡に映ししげしげと見渡し、この身体でよくここまで頑張ってきてくれたと感謝するのがある。昔、有森裕子様がオリンピックで入賞した時に、自分をほめてやりたいといったことがあるが、世の中他人に無関心な時代、このことは意外と大切なことのような気がする
関連記事:散歩道<76>ほめられる第1弾・しかられる・ほめまくる、<77>ほめられる第2弾・やはり褒美か、<114>伝統をどう引継ぐ、<123>上村松篁様・本当にすきなんだ、<239>プロとアマ・継続について五島みどり様、<262>あの天才の千住真理様は時間を見つけて練習しているらしい、<322>発想変化の時代(3)・BMW・50代女性、<679>面白い話・商人(あきんど)、<717>丹羽宇一郎様・ほめる備考:此処で関連事を思い出した<693>野口みずき・蓄積したものからより記録は出ない。

92.英雄シーザーの出世の秘密「帝王切開」
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マ時代の英雄シーザーは、その武勇・政治力・弁論・文章など多彩な才能で知られているが、まったくおカド違いの医学用語の中にまで、その名を残している。「帝王切開」のラテン語「セクティオ・カエサレア(sectio caesarea)」は「シーザー式手術」という意味だ。つまり,彼が生まれたとき、母親がこの手術をうけたという伝説があり、そこから、この名がついたという。ところが,真相は意外なところにあり、ラテン語で切るという意味のカエスラ(caesura)をドイツ語で訳すとき、誤ってシーザーの意味にしてしまったということらしい。誤訳を生んでまでその名を残すとは、さすが英雄シーザーである樋口清之様

93.薩摩閥にあらざれば人にあらず「いもずる式」
昔から日本人が二人集まれば閥が出来るといわれるほど、日本人は群れを作るのが好きなようだ。派閥,、閨閥、財閥、学閥、郷土閥など、数え挙げていったらきりがない。中でも、明治維新後の政界を牛耳ったのが藩閥。一種の郷土閥の走りだが、中でも、お国柄か薩摩藩出身者の結束が固かった。後に大臣級になった者をざっとあげても、寺島宗徳(てらしまむねのり)、森有礼(もりありのり)、松方正義(まつかたまさよし)、大山巌(おおやまいわお)らがいる。その頂点に立っていたのが西郷(さいごう)、大久保(おおくぼ)の両巨頭。まさに薩摩閥にあらざれば人にあらずの感があるが、彼等が出世できたのも両巨頭がいたればこそ。これを見た江戸っ子は、鹿児島名産さつまいもにひっかけて”いもずる”とからかった。樋口清之様


94.おしゃれな男は間抜けに見える?「ダンディ」
おしゃれが女性の占有物でなくなってからすでに久しいが、中年男性にとっては、依然として、「ダンディ」などと呼ばれることに対する面映さが残っているようだ。じつは、この中年男性の心理、まんざら照れ臭ささだけから来ているのではなさそなのである。とういのは、「ダンディ」という言葉、元来はフランス語のdandin'つまり[間抜け」を意味しており、紳士服の本場ロンドンでさえ、必ずしもほめ言葉とはかぎらかったからだ。「仕事のできる男ほど、おしゃれもうまい」などと言われるようになったのも、じつは服飾産業の手のこんだ宣伝のためかもしれない。
樋口清之様


95.花嫁の美しい首筋「象牙の塔」  関連写真A
12世紀のヨーロッパで、聖母マリアに対する崇拝熱が急速にたかまったことがある。その時各地に建てられたのがノートルダム寺院
*1で、最も有名なのがパリのそれ。ノートルダムとは「われらが姫君」の意で、勿論、この姫君、聖母マリアを指している。この聖母マリアにはべつに、「象牙の塔」の異称があり、「旧約聖書」でも、花嫁の美しさを、「あなたの首筋は、象牙の塔のようにうつくしい」と形容している。現代の「われらが姫君」には、もっぱら俗世間から離れて研究に没頭する学者先生たちがこもっているようで、首筋の美しい女性にはめったにお目にかかれない。樋口清之様

関連写真A*1散歩道<954>
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