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散歩道・1000号記念特集:面白い話・大集合(12)
83.記憶に残る言葉?・”む”:仲間四人で麻雀をやっている時、自分にいい手が来て、誰かがリーチを掛けようとすると”む”と言ってけん制する(先生)人がいた。最初は何を意味しているのか解からなかったがその内、意味するところを理解するようになり、それからは実に楽しい麻雀になったことを記憶している。最近は遊びの多様化か、4人で卓を囲むことも少なくなった、時の流れを感じさせるところとなっている 関連記事:<105>無関心、<641>無気力・無関心・無責任」・近頃の若いもの論、<1426>山本五十六の言葉・近頃の若いものは・・
84、龍門の故事から鯉の称。(鯉の滝登り):中国黄河の上流にある龍門の急流を登った鯉は、化して龍になるという伝説があり、転じて立身出世のたとえ、又、立身出世の機会となる関門を登竜門という。
85.必要は発明の母。疑問は想像の母
86.無駄、無理、斑の集積が芸術的なデザインを生む。散歩道<641>「無気力・無関心・無責任」・ちかごろの若いもの論、<1426>山本五十六の言葉・近頃の若いものは・・
87.作戦計画を作成するために必要なものは優秀な幕僚だが、優秀な幕僚とは、決断を下す能力。臨機応変の才能。自分の案以外の代案を受けつける度量。の3つの資質を備えたものでないといけない。(司馬遼太郎)
88. いささか気の毒なたとえ「月とすっぽん」
すっぽんという動物、ふられても振られても言い寄るしつこい男を例えるのに、よく引き合いに出される。たとえられたすっぽんには迷惑な話かもしれないが、鋭い口で噛み付くと、中々離れないのだからこれは甘受しなければ成らない。しかし、まるでかけ離れていることや、とんでもない組み合わせを、お月様と比べて、「月とすっぽん」といわれるのは、いささか気の毒というものだ。日頃スタミナづくりにお世話になっているすっぽんの名誉のためにいうと、じつはこの言葉、「月と朱盆(しゅぼん)」がなまって、「月とすっぽん」と誤り伝えられたものだそうだ。月とお盆なら、形は同じでも似て非なるものだから納得がいく。樋口清之様
89.別荘のほうがまだまし「娑婆」(しゃば)
厚い壁になっかに閉じ込められた囚人や、規律と階級の重みにあえぐ兵隊,苦界と言われた遊郭に身を沈めていた女達にとって、娑婆に帰ることは、何にも替え難い渇望だった。だが、「娑婆」とは、それほど待ち焦がれるに値する地だろうか。もともとは、サンスクリット語sabbaのあるいはsahaのことで、あらゆる苦しみを耐え忍ばなければならないこの世を示す佛教語だった。忍土、忍界とも言われるように。俗世間はそれ自体、大きな牢獄なのだ。ならばむしろ、獄舎という別荘で一生を送るのも、娑婆っ気を起こさないで老境という別世界に引退するのも、一つの優雅な生き方ではないか。樋口清之様
90.フランス人画家モーリス・ユトリロはリットル・ユトリロともいった。1gの酒があれば喜んで絵を描いたらしい。又、貨幣鋳造機ともいわれた。そのように仕向けたのは最初は母、次は妻である。(モーリス・ユトリロ展から)、悪女フリュートは女一人でもやかましく2人で多くのトラブルを3人寄れば馬鹿騒ぎ、4人で喧嘩、5人揃えば軍隊、6人集まると悪魔も戦う武器を知らない。当時フルートと言えば強力な大砲の名前悪妻の蔑称だった。(散歩道<204>2枚の絵から)