散歩道<4609>

                           終わりと始まり・遠い人々と身近な問題
                                  温度差を理由とせずに (2)                         
(1)〜(3)続く

○ ○ 
 同じような光景をもう一つ思い出した。こちらは太古からずっと水に浸ったままの土地、スーダンの南部である。
 1978年、僕はナイル河を行けるとことまで遡行
(そこう)してみようと思った(若い時は変なことを思いつくものだ)。地中海に注ぐ河口から南に向うと、ナイル河はエジプトを縦断してスーダンに入り、首都ハルトゥールで二つに分かれる。左に辿(たど)ると「青ナイル」で源流はエチオピアの高地。まっすぐ南下すれば「白ナイル」で源流はウガンダの先、ヴィクトリア湖。
 この途中がサッドと呼ばれる広い湿地だった。河は細い無数の流れに分かれてパピルスの草原を蛇行している。地平線のあたりかに稀
(まれ)にアカシアの木が見えるだけという湿った荒涼の風景を十日以上ずっと見続けた。
 スーダン南部にはこのナイル河を行く連絡船以外の交通機関はなかった。イギリスはインドやオーストラリア、ケニアなど、植民地にした土地に次々に鉄道を敷設したけれども、この湿潤の地ではそれもできなかった。
 長い遡行の果て、連絡船はジュバという終着の町に着き、ぼくは下船した。ここまでこれたのはハルトゥームでたまたまうまく国内ヴィザが手に入ったからだった。スーダン政府は南に外国人が入ることを嫌っていた。
 もともとが無理につくられた国である。北部はアラビア系で南部はブラック・アフリカ。それなのに旧宗主国イギリスは人種も宗教も違う人々を強引にまとめて一つの国にしてしまった。だから建国以来ずっと南北の間で争いが絶えなかった。ぼくが行った後しばらくすると、ジュバは誰も行けないところになった。次々に届く悲惨なニュースを悲しい思いで聞いた。

'11.11.2.朝日新聞・作家・*1池澤 夏樹氏

関連記事:散歩道<検>氏名・*1池澤 夏樹氏2915.2919.3003.3719.4333.4528.<検>災害、<検>外国、<検>、環境、