散歩道<4608>
終わりと始まり・遠い人々と身近な問題
温度差を理由とせずに
(1) (1)〜(3)続く ・・・・・ 発想を変える
タイの洪水は本当に大変らしい。
日本は山岳国だから、洪水とは大雨で山に降った水がいきなり襲ってくることだ。上から一気に来て、家や田畑を押し流して、去っていく。
しかしタイはどこまでも平坦な国である。東も北も西も、山があるところはすなわち国境という地形だ。
その広い平らなところに水が来る。ひたひたと静かにやってくる。どこもかしこも水に浸るのだから、逃げる場所がない。水が来るのを待つのは、突然の鉄砲水とはまた別の恐怖だろうと想像する。
1990年の秋にタイに取材旅行に行った。カンボジアとの国境、アランヤプラテートの難民キャンプを訪れての帰途、バンコクまで汽車で戻った。
窓から外を見て平らな国だと感心しているうちに不思議なことになった。一面、ずっと地平線まで水になってしまったのだ。鏡のように滑らかな水面がただ空だけを写している。
鉄道の路床は少し高く作ってあって、線路は水の上にある。汽車の運行に支障はない。しかし、目に見える限りどこまでも水なのだ。まるで自分の乗った汽車が水に浮いているよう。
それでも何ごともなく夜にはバンコクについた。
あの水位がもっと高くなったら、バンコクも水びたしになるわけだ。いつまでも引かない静かな洪水。みんなが乗れる箱船が欲しいような、世界の終わりのような洪水。
'11.11.2.朝日新聞・作家・*1池澤 夏樹氏
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