散歩道<4563>
                            '11.10.15.講演会・「仏教と平和:再生への道」(2)               (1)〜(3)続く

 全ての世界史は「聖戦」?の歴史的事実。基本的に「教理」には問題ないと言われる。第2次世界大戦で、ドイツ軍は神の子ではない。神の子でない、ドイツ軍を殺さなければならない。戦時下においては、「神の子」でなくなってしまい、敵の存在は除外されるのである

 
思想には間違ったものがある。それは部族意識である。各宗教は、平時に置いて万民に不変の真理を持っていると言われるが、戦時下においては、そこが敵の存在は除外される「神の子」でなくなってしまう。
「ロシア軍が「神」の軍ならば我が軍は「仏」軍なるべき、これにおいてロシア軍は敵なると同時に「仏敵」(ほとけのてき)となる。だから殺していいという


 
人間は何万年前から「部族」であった。それが藩となり、国家となっている・今も、国家という名の元の部族国家である。「部族」の中では物を人から奪ってはいけない、戦ってはいけないとされている。しかし、相手が他の部族の場合は別だとされる。
中国も同じ仏教徒である。いかなる理由があっても中国と、戦争をしてはいけないとする仏教であるが、日本では別の「部族」となれば別であるとしている


 
殺人をしてはいけないというのは、教理であるはずが、殺人を正当化するという結論に達する?その基本の原因はどこにあるのか。それは解釈による
 
現代においては、企業における死を覚悟した猛烈社員の育成である。

 仏教の思想は:無常、定力
(じょうりき)、座禅戦争?三昧、としているが、力が湧いてくるものであり、道具として利用されることにもなる。
しかし、なぜ宗教家は、戦争時に国家から動員されたのだろうか。宗教は国民の精神力練成に向う


 
軍の士気*1を高める為の仏教:信念、宗教は人の感情を動員できる(偽牲者たちは侵略戦争をしてはならない。)宗教人というのは死生の境に立った場合、実に偉大である。日本人は信は力なりと考える

'11.10.15.講演会・「仏教と平和:再生への道」・アンティオク大教授・ブライアン・ヴィクトリア氏   講評・国債日本文化研究センター教授・井上 章一氏

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