散歩道<4540>
世相(239)・NHK・連続放送劇「おひさま」と当時の時代背景は、 ・・・・・ 発想を変える
'11.10.1.朝のNHK連続放送劇「おひさま」は最終回を迎えた。終戦前から、終戦、戦後と過去80年前からの日本の姿が演じられていて、当時の自分の姿とダブって興味を持った。今回の主役の皆さんは演技がごく自然で旨かった、短時間の出演時間に個性がよく表現されていたと思った。最終回の明るい終わり方が気分いい。平均視聴率「おひさま」は16.5%、「てっぱん」16.2%、「ゲゲゲの女房」15.9%だったそうです。この放送のように平和で、皆元気に生きてほしいと期待するものです。以下に、思い出せたもの(戦後14、5年程)を書き出してみた。
尋常小学校、小学校での日本国民の戦意を高揚する教育・言葉や文章*9、軍人に感謝する教え、甲・乙・丙の学校の成績、地方への都会からの疎開*1、赤紙、召集令状、町内婦人会の消火活動*2竹槍訓練*2、B29の爆撃*2、勤労奉仕、舞鶴の軍港*9、終戦、軍人の戦地からの帰還、復員軍人の学校の先生への復帰、DDTの噴霧、シラミと回虫、BCG、闇市、地方への買出し、米や生活物資の配給制、大衆浴場(自宅に風呂がある家はどこにもなかった)、進駐軍*1、パーマ、外米、ズルチン、電話の設置、自転車・スクーター*3の普及、都市単位で何台かの自動車が増えた(それ以前は、タクシーが全てでした)、駄菓子屋(メンコやラムネを売っていた)、貸し本や(殆どの漫画を含む本はここから借りて読むのが普通の学童の生き方で、どの街にも多くの店が出来た)、大学への進学(放送の中で、須藤医院院長・6年浪人の話が出ていた*4)が年とともに地方でも増えてきた。外国製品の輸入、ボールペン(クロス)、万年筆(パーカー、モンブラン*10はかなり後から)、ライター(デュポン)等、カレーライス、テレビ(白黒です・力道山の*5プロレスに国民が揺れた)、テレビ(カラーは1964東京オリンピックがで行われた年、日本国中に流れた)、3種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫*6)、喫茶店(百白花*11・食堂兼レストラン)*8、アメ車(リンカーン、クライスラー、ダッジ、フォード、マーキュリー、シボレー、キャデラック*7・当時の外車は、ガソリンを撒きながら走るのだと皆が信じていた)。全てにおいてアメリカは強かった。
関連記事:散歩道<66>*7アメリカの面白いところ、<86>*1、疎開、<86>*2B29の爆撃、<87>*9舞鶴の軍港、<88>*5力道山、<88>*3スクーター、<90>進駐軍、<90>*2消火活動、竹槍訓練、<94>洗濯機、*6冷蔵庫*4、<94>そのとき変化を感じた・*6喫茶店、<237>*6冷蔵庫、<163>*9気持ちを高める言葉・いい言葉はいい、<2105>*45浪した僕の友人、<449>-2、面白い話・大集合・*10外人の奥さん
備考:*8喫茶店がレストラン昭和43(1968)年に変わっていったのは、散歩道<94>の通りだが、この頃、自動車の普及とともに、郊外型レストランが作られるようになった。昭和38(1973)年香川県に出来たが、転勤していった新潟県には、この形のレストランはまだ存在していなかった。上記((*11百白花)のような場所(景色がいい場所)でレストランが作られるようになったのはこれより14〜5年後のことである)。又、この店のように自作で作った蕎麦(そば)・(料理の元)を組織的に大量に出せるようになり、価格も安く出せるようになっていったのが、大手スーパー(ex、ヨーカドー)や、現地生産性を方式を取る会社(ex、ユニクロ)、地元特産品売り場等になっていく原点であったように思う。又、陽子先生が生徒を教えるような教室が規模が大きくなって珠算塾、学習塾として全国に拡大し、展開され作られていくことになる。それが今の大学受験の為の駿台(すんだい)予備校や公文(くもん)学習塾あるいは、パソコン塾に発展していったのだと思う。