散歩道<4534>

                          時事小言・戦争に踏み切るとき(4)                      (1)〜(4)続く
                           見つからない綺麗な答え

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  リビア介入は避けられない。避けるべきではないと考えた後も、不安と憂慮が残った。国民評議会の力は弱く、NATO軍による空爆なしには戦闘を続けることができなかった。だが、空爆は一般市民の犠牲を避けることができない。人命は失われ、生活は破壊されるだろう。それが本当に必要な選択なのか。戦争が長期化すのを前にして、政治家でもないのに身の程をわきまえないことを問いかける自分のことを滑稽に思いながら、私は何度も問い直し続けた。

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 いまでも疑いは残る。カダフィ政権はすでにわずかな拠点を残すばかりまでとなったが、膨大な武器がリビア社会に拡散してしまった。国家が暴力の独占を失い、外国軍の力に頼るという現状にはアフガニスタンを思わせるものがあり、リビアが独裁に代わって破綻国家となる危険は実在する。また、シリアでは民主化運動に大規模な弾圧が続けられて半年を迎えている。なぜリビアには介入してシリアは放置するのかという声もあるだろう。
 武力行使の効用を過大評価したり、戦争の正義を信じ込むことは危うい。だが、暴力を抑える上で暴力の果たす役割りがあることも無視できない。どのような時に武力行使が認められるのか。綺麗
(きれい)な答えはまだ見つからない。


'11.9.21.朝日新聞・東京大学・国際政治学者・藤原 帰一氏

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