散歩道<4505>
オピニオン・災害と専門家(3) (1)〜(3)続く
「敗北」にたちすくまずに
○ ○
時代こそ違え、ラクイラと関東大震災の論争は相似形を描く。共通するのは。市民が不安を訴えたこと、専門家は安全だといったこと、そして専門家の判断が間違っていたことだ。専門家の敗北としてはあえなく崩れた原発の安全神話も同じだろう。思うに、これまで何世紀もの間、専門家の仕事は「解明できたこと」を語ることに尽きた。しかし東日本大震災を境に、期待される仕事は一変した。いま人々が渇望しているのは、専門知識をもってしても解明できないことを率直に語る誠実さだろう。3・11以降、世界の専門家たちは重く新しい責任を負ったのである。
'11.7.31.朝日新聞、ニューヨーク支局長・山中 季広氏
関連記事:散歩道<検>地震、<1089>経済気象台(38)専門家の存在、<2804>経済気象台(416)財界・学界をしかる、<検>社説、<検>教養、