散歩道<4503>
オピニオン・災害と専門家(1) (1)〜(3)続く
「敗北」にたちすくまずに
イタリア地震学会の秦斗は、9月に始まっる刑事裁判を前に憔悴(しょうすい)しきっていた。
「いつか地震研究で世界に貢献したいと願ってきた。なのに地震裁判で被告にされて世界に名をはせるとは」
国立地球物理学研究所長エンゾ・ボスキ氏は、おととし4月にイタリア中部の観光地ラクイラを襲った地震の直前、安全宣言を出したことの責任を問われ、過失致死罪で起訴された。今月中旬、私が取材に訪ねた日も、肩を落としつつ、弁護士や証人と打ち合わせ中だった。
地震予知を巡る起訴は、各国の地震学者をあぜんとさせた。「科学を萎縮させる」と批判も強い。だが現地で当事者たちに聞いていると、余地そのものは真の争点ではなかった。
経緯はこうだ。ラクイラで群発地震が半年ほど続いた。在野の研究家が、地下水の観測を元に「大自身が来る」と断言した。警察は「デマを流すな」と研究家を黙らせたが。揺れはやまない。政府は学者7人を現地に招き、大地震が来るかどうか討議させた。直後の会見ゃ個別取材で、何人かが「安心してよい」と宣言した。
政府は一刻も早く安全のお墨つきをほしがっていた。市民の不安をしずめ、観光客を遠のかせないためだった。安全宣言から6日後、本震が起き、住民309人が亡くなった。学者7人全員が起訴された。告発した会計士ピエール・ビジオーネは地震で姉とおいら親族3人を失った.「予知が不可能なのは理解している。告発は、地震の専門家たちがあまりに不誠実だったからです」。安全宣言さえなければ、用心のため親戚ともども海辺の別荘に避難するつもりだったと悔やむ。
遺族は例外なく、地震学者に対する不信を口にした。大地震の予兆か単なる群発か見極められないなら、そう語ればよかったではないか。ありのにままに語ると素人がパニックを起こすと考えたのか。だとしたら専門家ゆえの思い上がりではないか・・・。
遺族が問うているのは、「専門知」のあり方だったのである。それは、日本の人々が原子力の専門家たちに突き付けたのと同質の不信任だ。安全のはずの原発で炉心が溶けても、なかなか認めない、放射線からどう子どもをまもるべきか、肝心のことを教えてくれない。いざという時ほど、専門家の知恵や知識が助けにならないことを知って人々はいら立ちを抑えられなくなった。
'11.7.31.朝日新聞、ニューヨーク支局長・山中 季広氏
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