散歩道<4490>
                   世相(234)・「原爆投下・生かされなかった極秘情報」(2)            (1)〜(2)続く

 8月9日軍・参謀本部では午前中会議が開かれていた。その時の主な検討内容はソ連が日本に宣戦布告したことが中心で、天皇の立場はどうなるのか、自分らが降伏した時に受ける、責任と罰は、どう取らなくてはいけないかなど、広島に投下された原爆の対応についての議論はあまりなかったという。
 8月9日、600V台のコールサインの偵察機の傍受に成功していた。それは参謀本部には伝えられていたはずだ。しかし、本部からは警戒警報を発する指示ももなく、広島の原爆投下の教訓を生かされないまま、今度は長崎市民の上に、原子爆弾は再び投下されたのである。どうして警戒警報を鳴らさなかったのか、なぜ?、日本の参謀組織は、対応できない問題を抱えていたのか?、今も疑問に思っているという。
 情報を得ていたのだから、警戒警報だけでも出されていたら、どれほど多くの日本人が亡くならずに生き延びられたのではないか?、今でも、元日本本軍人
(日本国民を戦争から守るのが使命である)の一人として、残念でたまらないという。(B29)の高度であれば、紫電改でもその高度まで飛んでいって飛行機B29は落ち落とすことができたはずであったと今も思っている。
 
長崎に投下された原爆は福岡市に投下される予定のものだったが、福岡上空の見通しが悪かったが為、福岡に投下せず、長崎に投下先を変えたものであったという。
 8月11日は戦争に関する参謀本部で検討された内容の多くの関係資料は、関係者皆で、証拠隠滅のため焼却し続けたという。

備考:この事実は、この問題だけのことでなく、日本の組織が抱えている課題が今の社会にもあるのではないか
(心配である)というのが、この番組に参加した人の意見であることも追加しておかなければならないと思う。

'11.8.6. NHKスペシアル・「原爆投下・生かされなかった極秘情報」

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