散歩道<4479>
オピニオン・ 政治時評2011・被災地の希望を、どうよみがえらせるのか
カレンダーに刻める明日を (2) (1)〜(6)続く
宇野 昔から独裁者は希望を語って人々を政治に動員してきたが、希望とは本来、個人が抱くものではないか。政治学者としては、政治家が口にするときには、隠された意図に注意しなくてはいけないと考えていたからです。オバマ氏が一躍有名になった2004年米民主党大会のスピーチで「大いなる希望」を語ったところから、各国の政治家が希望を口にし始めた。財政が苦しくなってお金を出せないので、抽象的な希望を語って糊塗(こと)しているのではないか。そんなうがった見方もしましたが、半面、政治が多数の力を結集して社会を変える営みだとすれば、希望と無縁ではいられないとも思った。私にとって、それが希望学のスタートでした。
玄田 オバマ氏については、米コーネル大学の人類学者である宮崎広和さんが「彼は希望を与えようとしたのではなく、一人一人の中に眠っている希望を呼び起こす力を目覚めさせよとしたんだ」と分析したのが印象的だった。ただ政治家が希望を「与えるべきだ」という考えは危ないと、僕も思う。希望とは、過酷な状況にある人がそれでも生きていくには必要なものでしょう。自分たちに出来ることを粛々とかなえていく。カレンダーに書き込んだことを1個ずつこなしていく。そこにしか希望は生まれないのです。
'11.7.23.朝日新聞 対談・希望学提唱者・東大教授・玄田 有史氏、ホスト東大教授・宇野 重規氏、
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