散歩道<446>
  
                          中国国宝展・悠久の歴史

 今回('05)中国国宝展が開かれた国立美術館(大阪)の展示場は、外観は実にモダンなユニークな造形である。地下に近代建築の粋を集めて作られたもので、各フロアはゆったりしており、美術鑑賞に実にいい環境で開催されている。中国国内でも今回の展示品のように素晴らしい遺跡が数多く出品されていることは珍らしいようで、国内で今後この通りのもので展示会の企画もあるらしい。中国では、3500年〜前2世紀頃までは、金よりも玉器(ぎょくき)が大切に扱われていた、その評価が高いことがわかる。皇帝・玉製、総理大臣・金製、大臣クラス・銀製、それ以下は・銅製)玉器には死者をよみがえらせたり腐敗を防ぐ特殊な効果があると信じられていた。遺跡として発見されているものは、宗教や軍事的に使われていた儀式的なものがほとんどである。青銅は、武器として使われていたが、遺跡は、肉や野菜や容器として使われた例が多く出土している。武器の遺跡は少ないようである。中国では土偶の例は(4000〜3000年前を除いて)きわめて少ない。又、龍も歴史的にはかなり早い時期から(紀元前3000年ごろからすでに玉器の絵模様の中に出てきている)遺跡が出土している。中国のどの時代でも、2000年後の今も、崇められ、人々からの信仰を得ていたのである。今から2200〜2000年前インドから中国に仏教は伝えられた、最初は中国の神仙思想の中へ新しい宗教として入ってきた。 その様子は仏像の姿になって、衣の形も(インドからの影響を受け、それは薄いものであったり、北方民族の影響を受け厚いものであったり、)影響受けながら、中国で定着してくる。仏像の遺跡として現代まで、伝わっている。仏教も北方異教徒の侵略等により色々の宗教が伝えられて影響を受けた歴史がある。又、皇帝によっては廃仏が断行された時代もあったが、その後広く行き渡るようになる。その中国から朝鮮、日本に伝えられてきたのです。中国や朝鮮、日本の関係は昔から(文物はかなり早い同時代に輸入されていたのである。大変近い関係に昔からあった)、遺跡で確認できる。

(関連記事:散歩道・記念に何かを残す・奈良県テトラ古墳< 84>報告。)、(大阪会場3/27まで開催)
(中国を語るとき、中国全体のことを語ることは今も、まして、昔は難しいと思う。それは、その広さの為、数多くの民族の侵略など、何度も政権も代わるからである。地域としての見方をとることが必要のようだ。このことは、わが国とこの国の歴史を見るのと違いであると思う。)