散歩道<4431>
文化・美の季想・ 省略の美学
想像力訴える 高級な手法(2) (1)〜(2)続く
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千利休の朝顔にまつわるエピソードは、この「省略の美学」を端的に示すものであろう。利休は珍しい朝顔を栽培して評判を呼んでいた。評判を聞いた秀吉が是非見たいと望んだので、利休は秀吉を招いたが、当日の朝、庭の朝顔を全部摘み取らせて仕舞った。秀吉は何の花もない庭に大いに不満であったが、傍らの茶室で床の間にただ一輪*2、見事な朝顔が生けられているのを見て機嫌を直したという。
「省略の美学」は、時には、余計なものを切り捨てる代わりに、逆に中心の主題を隠して見る者の想像力に訴えるという高級なやり方をする場合がある。さしあたりすぐ思い浮かぶのは、光琳の例である。
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『伊勢物語』東下りの段に、在原業平(とされる男)が友人たちと三河の八橋まで来たときの話が語られている。カキツバタが咲き誇っていたというから、季節は初夏、ちょうど今頃のことであろう。この時業平が
"唐衣(からころも)きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思(おもふ)う"*3と詠んだので、遠い都を思うその心情に人々は涙を流したというのである。
この話は絵画の主題としてしばしば取上げられているが、主役はもちろん業平と友人たちである。だが光琳は、あえて人物や、さらには橋まで取り去って、あの名作「燕子花(かきつばた)図屏風」を生み出した。花以外には何も描かれていない金地濃彩の画面は、卓抜なデザイン感覚を示すと同時に、豊かな文学的伝統をも包み込んで、まさしく「清らかな美しさ」を歌い上げているのである。
'11.5.19.朝日新聞・美術史家・*1高階 秀爾様
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