散歩道<4426>
耕論・オピニオン・司法改革 その先は(2) (1)〜(2)続く
多様な人材必要なのでは
一方、変化が十分と言えない面もあります。
米国ではこの20〜30年で、法曽養成の考え方が大きく変わりました。弁護士が訴訟に限らず、企業の契約交渉やビジネスプランニング、自治体の業務など、様々な場所での活動を求められ、法曽教育でもビジネスの考え方が重視されるようになりました。法理論だけではなく、コミュニケーション能力や想像力の育成にも力を入れ、司法試験もこういう能力を問います。
これに対して,日本では法曽の主たる役割りは「訴訟中心の紛争解決」という認識が今も強く残っています。司法試験は依然として法理論が中心で、多様な能力を試していない。受験生の合格率が低いので、法科大学院の教育は試験対策が中心となり、社会人経験者らが法曽を目指すことも難しい。この結果、法科大学院に多様な人材が集まらず、多様な人材こそが活躍できる、弁護士の潜在的なニーズも十分に掘り起こせていません。
法曽人口が増えれば、法曽が果たす役割りは自然と広がり、社会の意識もさらに変化するでしょう。弁護士の間の競争も厳しくなり、社会の需要に応えるための努力も必要になります。
もっとも、こうした問題も国民のニーズが出発点でなければいけません。大切なのは、「米国型の法曽」を目指すことや、日本の法曽の利益で判断することではなく、日本社会が必要とする数と質を見極めることです。