散歩道<4413> 
                 面白い文章半藤一利様カダルカナル島より”退却2、昭和天皇の「人間宣言」

1、「他に転進せしめられたり」・カダルカナル島より”退却”1945(昭和18)年2月9日                          

 太平洋戦争の運命を決する戦闘となったカダルカナル島争奪戦は、日本軍に完全に不利となった。1942年の大みそか、御前会議での天皇の決断があって、ついにガ島放棄が決定される。撤退は駆逐艦によって3回にわけて実施され、これを捲土重来
(けんどちょうらい)を意味する「け号作戦」よ呼ぶことにした。
 山本五十六連合艦隊司令長官は、駆逐艦の半数は失われるだろが、敢行しなくてはならぬと覚悟した。
(昭和18)年2月1、4、7日と3回に亘って実行された撤退作戦は幸運なことに大成功であった。
 「・・・わが部隊は昨年8月以降、引き続き上陸せる優秀なる敵軍を同島の一角に圧迫し、激戦敢闘よく敵戦力を撃破しつつありしが、その目的を達成せるにより、2月上旬同島を徹し、他に転進せしめられたり」
 2月9日午後7時の大本営発表である。日本軍は「転進」の名のもとに、退却の事実を公表した。以後「大本営発表」とは大ウソの代名詞となる。

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2、「相互の信頼と敬愛とにより」・昭和天皇の「人間宣言」1946(昭和21)年1月1日
 
20世紀の日本は明治末・大正・昭和戦前の近代日本と、昭和戦後・平成という現代日本との、二つにはっきり分かれている。その分岐点となっているのが、  1946(昭和21)年1月1日の、昭和天皇のいわゆる「人間宣言」。近代日本の根本にあってプラス・マイナスの両面で国民を動かしてきた「天皇は神である」という架空の衣を、この日、昭和天皇みずからが脱ぎ捨てた。「朕となんじら国民との間の紐帯(ちょうたい)は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ・・・・」そして「国民と一緒に祖国復興にがんばろう」といった。この事実は、敗戦でうちひしがれっているすべての日本人によって、ショックではあった。が、その及ぼした影響は大きかった。日本国民は「世界に冠たるなどといううぬぼれを捨て、謙虚になり、そして真剣に国家再建にとりくみだした。目標が明確なだけに働きがいがあった。いま21世紀を迎えようとして日本人は何か大切なものを忘れようとしているように思えてならない。
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