散歩道<4405>
面白い文章・世相(225)・万世の為に太平を開かむと欲す
だれがどこで言ったのか、答えられる人は少ないかもしれない。実は昭和20年(1945)8月15日の正午ラジオを通じて天皇が独特の口調で国民に語りかけた詔勅の一説なのである。長く続いた戦争の終結、つまり降伏を国民に知らせるための詔勅であった。
しかしその頃のラジオの性能はお粗末だったし、また、難しい言い回しで語られたので、正確に聞き取れた国民がどのくらいいたのか、あやしいものだった。暑い暑い真夏の昼、天皇は一億玉砕の覚悟でいっそう頑張って戦争を続けようと励ましたのだと確信した人々も少なくなかった。実際、この敗戦の詔勅は、敗北して戦争をやめます、敵に降参いたしますという苦渋にみちた内容であるはずなのに、なぜか、積極的で楽天的、未来に向って使命感にあふれているのである。「万世の為に太平を開かむと欲す」といえば、まるで先勝国のこれからの抱負を宣言しているみたいだ。
日本人は「敗戦」を「終戦」と言いかえた。良い悪い、好き嫌いは別として、それはまぎれもなく日本的な精神的土壌から生まれた表現であった。8月15日に放送された詔勅には、まさにそうした精神的土壌がみごとに映し出されているといってよい。その意味での名文句なのである。
詔勅には、この種の名文句が至るところにちりばめられている。
「戦局必ずしも好転せず」、このとき、日本の連合艦隊は全滅して、制海権、制空権を完全に失い、さらに沖縄を奪われてアメリカ軍の本土上陸を待つばかりというところまで追いつめられていた。国内でも大都市、中小都市の大半を焼き払われ、広島と長崎に原爆を落とされ、ソ連の参戦で止めをさされ、壊滅状態であった。そうした状況が、「戦局必ずしも好転せず」となるのである。
あるいは、このまま戦争を続けると「我が民族の滅亡を招来するのみならず延て人類の文明をも破却すべしというのもなかなかのものだ。我が民族が滅亡する危険性は確かにあっただろうが、あの時点で日本民族が滅亡することが、そのまま人類の文明の破却につながったかどうか。日本以外の諸外国は、滅亡したければどうぞ御勝手にと見なしていたとみる方が事実に近い。
ともあれ、これが日本敗北宣言であったのだ。皮肉ではなく、ある意味では、それは日本人の逞しい精神力を示しているともいえる。敗戦後すでに46年、総合的に見れば、世界の万世のためかどうかは定かではないが、日本人の子孫万世のためには、何とか太平を維持し続けた。昭和20年8月15日の時点で、こうした日本の未来を見通したわけではあるまいが、あのミゼラブルな事態にもめげず、断然、「万世に太平を開く」と言ってみせたところが値打ちなのである百瀬明治
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