散歩道<4347>

                            社説・大震災と憲法(1)               (1)〜(2)続く
                            公と私をどうつなぐか

 日本憲法が施行された64年前のきょう日本各地にはまだ空襲の後が残り、戦禍からの復興は緒に着いたばかりだった。
 いま東日本大震災に、原発事故が加わり、敗戦後最大の危機の中に私たちはある。
 被災者の一人暮らしを立て直し、支えていくことと、被災地を広域にわたって復興し再生していくこと。そこには、「私」と「公」の間にどう折り合いをつけるのかという難題が横たわる。憲法を踏まえた議論を避けて通れない。
 震災と津波の直後に発揮されたのは、日本社会の草の根の強さだった。しかし、日を追って明らかになったのは、国民の生命と権利を保障する最後の守護者としての政府の役割りである。
 例えば、津波で家を流された人々の生活をどうするか。
 失われた私有財産を国が補償する仕組みはもともと日本にはなかった。阪神大震災や鳥取西部地震などを経て大論争の末に、最大300万円を住宅再建に支給する現行制度が出来た。
 今回、さらに増額を求める声が出ている。「二重ローン」の問題も深刻だ。放射能で自宅にもどれなくなる人は?政府、ひいては社会でどこまで負担を分かち合うべきなのだろうか。
 重い問いはそれだけではない。すでに被災地では、がれきの中に自力でプレハブを建てる例が出ている。「自宅にもどりたい」という被災者の気持ちは当然であり、痛いほど分かる。

'11.5.3.朝日新聞 

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