散歩道<4335>   
 
                           終わりと 始まり(3)               (1)〜(3)続く
                        イデオロギーを捨てよう

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 原子力発電所の安全性について異議を唱える学者・研究者は少なくなかった。電力会社の技術系の社員の中にも事故への対策を進言した人はいたのではないか。
 しかしそれらの声を電力会社と官僚と歴代の政権は押しつぶしてきた。膨大
(ぼうだい)な広告費を使って安全をPRする一方でメディアを縛ってきた。主要な雑誌に載った「電気事業連合会」の広告を思い出していただきたい。あれがまったく内容空疎であったことは今ならば誰の目にも明らかだろう。
 要するに、原発の安全性は現実の裏付けを欠く思想、つまりイデオロギーだったのだ。起こってほしくないことは起こらないと信じ込み、力をもって反対派を弾圧し、数々の予兆を無視し、現場からの不安の声を聞き流した。だから、緊急時に速やかに対応できる人材が中枢にいなかった。その結果が放射性物質ダダ漏
(も)れ、技術用語でいえば「バブル開固着」、生理的には出血が止まらない恐怖、ではないか。
 競争原理が働かない独占事業だから陥った陥穽
(かんせい)だろう。いちいち類似点を羅列しないが、大日本帝国とソビエト連邦は同じようにイデオロギーを信じて亡(ほろ)びた。
 幸い日本には世界で最上級の技術力がある。国民には理にかなった説明を受け入れる知力がある。今ならば原子力を風力や太陽光などの自然エネルギーに置き換える先駆者となれる。
 戦後、自動車は二十年でできた。その気になれば変化は速いのだ。


'11.5.11.朝日新聞・作家・*1池澤 夏樹氏

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