散歩道<4334>
終わりと 始まり(2) (1)〜(3)続く
イデオロギーを捨てよう
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原子炉は重油や石炭を焚(た)くボイラとは違う。原子炉はいわば坂道に置かれた重い車である。止めておかなければ動く。何段階ものブレーキが用意されているから大丈夫、何があっても暴走は起こらないと言われてきたが、それは起こった。
実際の話、aは本当に彼らが言うほど小さかったのだろうか?
二十年ほど前、好奇心から東海村の原発を見学に行った。もらったパンフレッドには、句読点まで含めて百六十五字ほどの短い文章の「密封」、「がんじょうな」、「気密性の高い」、「厚い」と、いくつもの形容句が並んでいた。これは論証の文体ではなくセールスの文体、広告のコピーの文体である。原発の安全性は自明ではなかった。原発とはこのような文体で売り込まなければならない代物だった。
飛行機や新幹線は今さら安全性をアピールしない。なぜなら日本の社会に受け入れられているからだ。しかし原発は違った。
具体的に言おう。
三月十一日の深夜の時点で、なぜベントは実行されなかったのか?
あそこで格納容器の減圧が行われて冷却水が入っていれば水素爆発はなかった。菅首相の指示をなぜ東電は無視したのか?(こういうことについては後になって別の事実が明らかになるかも知れない。これはこの段階の考察である。)
あの晩、状況に対応する能力のある人々が東電にはいなかった。
想定外と入ってほしくない。起こり得る事態を想定するのはあなたたちの責務だった。一般に事故への経路は無数にある。すべてを辿(たど)るのは不可能だ。それらを包括する大きな安全圏を確保しないまま巨大テクノロジーを運営してはいけない。
'11.5.11.朝日新聞・作家・*1池澤 夏樹氏
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