散歩道<4322>
社説・被災国の国際貢献・ (ポルトガル・リスボンから) (1)〜(2)続く
経験を世界の「共通財産」に(2)
給湯所を設営した救援団体の佐久間さんはラオスで農業支援の経験がある。「被災地に入って何が差し迫ったニーズで、何が長期ニーズかをとっさに考えた」。凍えた心身を温めるお湯こそ息の長いニーズにこたえられる。そう考えて4つの大鍋を調達した。震災から1ヶ月を過ぎても行列は途切れない。
阪神大震災後、日本でも世界各地の災害や紛争で緊急支援や復興に活躍する人材やNGOが育った。その多くが海外で鍛えた機動力を武器に東北の被災地を目指した。3年前の中国・四川大地震で被災した子供や教師の心のケア、2004年のインド洋大津波で被害を受けたスリランカの地域社会再建など、培ったノウハウを生かす動きもある。
リスボン大地震の衝撃は当時、欧州全域に及んだ。自然の猛威はボルテールやルソーら啓蒙主義の思想家に大きな影響を与えた。各国で地震の科学的な研究が始まり、近代地震学の礎となった。
「震災を通じて、何か大きな収穫を得ることも出来るのではないか」。石巻の避難所のそばに立つカトリック教会で、自らも多くの親類を津波で失った土井勝吾神父が信者に語りかけていた言葉を思い出し、考えた。
今回の震災で私たちが学んだ教訓は、次の「悲劇」を防ぐための文明の共通財産になるはずだ。「知」やノウハウを 国際社会と共有する仕組みを築けないか。実際、津波被害のメカニズムをGIS(地理情報システム)などで海外の研究者と共有する試みも始まっている。それこそ被災国としてなしうる最大の貢献であり、未来に残せる「チャンス」ではないか、と。