散歩道<4321>

                           社説・被災国の国際貢献 (ポルトガル・リスボンから)       (1)〜(2)続く 
                             経験を世界の「共通財産」に(1)  

 リスボン中心部のポンバル候広場で4月25日、政治集会があった。市民が赤いカーネーションを手に集まり、「民主主義を取り戻そう」と叫んだ。37年前のこの日、カーネーション革命と呼ばれる無血クーデターで長い独裁を終わらせたポルトガルは、いま深刻な経済危機と政治の混迷の渦中にある。
政府が発表した財政再建策を議会が否決し、首相が辞任を表明。麻薬中毒患者を支援するNGOのジョゼ・ケイロシュさんは「活動予算は減らされる一方。市民の声に耳を傾けず物事を進める政治エリートは退場してほしい」と私に訴え、広場にそびえ立つポンバル候像を背に語った。「『悲劇』を『チャンス』にしたいね」 
 悲劇は18世紀にも起きた。
 1755年11月1日、ポルトガル沖を震源とするマグニチュード8.5 (推定)の大地震と津波で、繁栄の絶頂にあった海洋帝国の首都は灰燼
(かいじん)と化した。死者数万人。建物の半分以上が壊れたという。 
 貴族や教会など旧勢力を抑え、被災者救援、都市再建から産業復興まで先頭に立ったのが宰相ポンバル候だった。屋根が落ちてアーチだけが残る修道院。欧州の旧市街には珍しい基盤の目の街並み。破壊から再建への足跡を今もたどることができる。
 その1週間前、欧州赴任を間近に控えた私は東日本大震災の避難所となった宮城県石巻市の中学校にいた。野外テントに大鍋がおかれ、被災者たちに熱いお湯が振る舞われていた。おにぎりをお茶ずけにして食べる人、お年寄りの体を拭く人。「冷えた食事では風邪も治らない。助かります」と、中川さんは笑顔を見せた。

’'11.5.2.朝日新聞・ヨーロッパ支局長・沢村 瓦氏

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