散歩道<4311>
                       仕事力誰でも答えはまだこれから(3)                     (1)〜(4)続く
                          慢心は、気がつかないから怖い
    
自ら動かなければやはり錆(さ)びてくる 
 アナウンサーはジャナリストではないという不文律がNHKにはあった。私は不思議でならなかった。
 しかし、さかのぼって考えると、テレビもない昭和のラジオ全盛時代、アナウンサーは人気番組を持って活躍している人も数多く、実は放送のスターだったのです。ラジオ時代から初期のテレビ時代になっても、基本的には色々な局から司会やナレーションの依頼があって、仕事が絶えない。だからアナウス室にじっと座ってお呼びのかかるのを待っていればよかった。
 ところがテレビの世界は民放の開設に伴って競争も激しくなっていきます。NHKの記者は、今まで自分の取材体制が十分でない状況で、多くは共同通信社などから送られてきた原稿をリライトして、それをアナウンサーに読んでもらっていたのですが、「取材するデレクターや記者本人が報道してもいいんじゃないか」とカメラの前に登場します。ニュースの現場からの報道は臨場感やスピード感が強い。
 テレビに要求されるのは何か、自分たちの役割は何か。そのヒリヒリするような問いを記者たちは追い求め、アナウンサーは逆に自分の立場に安住していたのだと想像します。この辺りでいいだろうと、自分の手綱を緩めた時から、周囲にはほころびが見え始め、安定していたはずの仕事も侵食されるのです。そう気づいた私は、民放での仕事をさせて頂くことになってから、一層の緊張感を持つようになりました


努力し続けた若い人が教えてくれる

 民放で新しい仕事と共に多くの出会いがありました。フリーキャスターとして司会を務めた情報番組では100人を超えるスタッフが一つになって番組を作るのですが、それが毎日、何年間も質を落とすことなく続けられることのすごさ。私を含め、テレビ画面に写っているのはほんの数人でも、支えているスタッフの責任感と働きぶりには頭が下がります。
 また、仕事を一緒にするようになった第一戦のお笑い芸人さんたちも私の仕事観に大きな影響を与えてくれました。彼らのほとんどが、地を這うような生活苦とか、さまざまな苦しさを体験していて、ラクラクと第一戦に抜けてきた人は一人もいません。裕福な家に育ったのに、家が倒産し、そこから血のにじむような努力をして今に至った人、必死になってしがみつき、自分らしさとか、新しいものを探り続けてきた。そういう多くの芸人さんたちの体験を聞くにつけ、私は仕事を貫いていく姿を教えられます。
 頑張ることを止めたら、日々の水面下の努力を止めたら、すっと仕事の力が下り坂になることを私たちは認識しなくてはなりません。いい仕事があってラクに過ごせる毎日が心地よいと感じたら、慢心の危機が近づいていると思います

'11.3.6〜4.3.朝日新聞・アナウサー・草野 仁氏 
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