散歩道<4309>
仕事力・誰でも、答えはまだこれから(1) (1)〜(4)続く ・・・・・ 発想を変える
筋書きは変わるから面白い
まさかのアナウンサー辞令
幼少の頃から、スポーツが好きで、何より運動が好きでしたし、高校時代には全国レベルの記録が出せたことがあって、スポーツの道に進もうと考えていましたが、父から、スポーツで一流になるには厳しい努力が必要だが、私にはその努力が足りないと諭され、一浪して大学に入り、途中で浮かれた気持ちになり、英語の授業を2週間続けてサボったら、成績に影響が出て、気を緩めるとどうなるかこのときに身を持って理解しました。就職はNHKを目指し入りました。事件や事故など担当する報道記者が自分には向いていると思い浮かべていましたが辞令はアナウンサーでした。人前で話したこともなく、長崎育ちで、標準語を駆使することなどとても無理と考えていました。
失望の中から活路を探し始めた
最初は鹿児島放送局で、先輩アナウンサーから「アナウンサーは原稿を読むだけでなく、積極的に自らの番組の企画を立て、台本を書き、演出や編集作業、フロア業務までも担当すべきだという考えの持ち主でした。鹿児島放送局では1週間に1本、ローカル番組を制作する機会を与えられたのです。しかし、その自主的な時間はわずかで、ほとんどは原稿を読む受け身の仕事です。鹿児島放送局では、内之浦宇宙空間観測所から全国に向けてニュースを流すことがよくありましたが、番組で話しを話をするのは、全国版の番組もほとんどは招待された専門家の話で、アナウンサーはその話に加わることなく時間通り番組を進めるキーパーの役割でした。スポーツ実況には「私がやります」と手を挙げてきました。そうして、フエイシング、空手などの武道、競馬、マラソンなどほとんど手がけてきました。それは受け身でいたくない、それでは仕事をする意味がない。それが私の価値観の1つです。自分の仕事を求める人はくすぶっている気持ちを押さえ込むのではなく、自分の気持ちに素直になって、迎える方向を探して欲しいと思います。
'11.3.6〜4.3.朝日新聞・アナウンサー・草野 仁
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