散歩道<4199>                         526から移動

                       美術展 ゴッホ展孤高の画家の原風景
                       アルルのゴッホが描いた跳ね橋  
'09.11.撮影

                       
 今回のゴッホ展は、(ゴッホガイドブック等を読んで、今までのイメージとは違う感覚でこの会場に来た)、彼に抱いていたイメージとは別の感覚で鑑賞することが出来た。彼が描いた絵には、彼が育った父は聖職者彼は伝道師に一旦はなる)としての環境や考えが、いつまでもその根底にあったのであろう。又、北欧独特のどちらかいうと、どんよりとした気候(オランダ)も、彼の最初の暗い感じの風景や織物職人や、労働者や皮靴等など当時の時代の暗さも表現しているように思う。兄弟弟)を通して画家としての道を進むことになる。宗教画は5つより描いてないようだが、(生前売れた絵は一つだそうだ)。彼が読んでいた本もトルストイーや、ユーゴ等。フランスへ、又、南フランスのアルル地方に移り住んでみて、太陽の強さに彼の今までの感覚が変わっていったのだろう。影響を受けた多くの人やミレーやモネ、セザンヌ、ゴギャーン・・・等の絵を模写をしながら彼流の絵画に仕上げていく。(彼が)批判的であった印象派の人たち、当時の印象派の流行画家との超えきれない壁や絵画に対する捉え方の違い等、純粋で神経質に見える彼が、共同で生活することの難しさ彼自身感じていたのか(他の人がそう思ったのか)、その心の葛藤が余計に精神的に落ち込むことになったのであろう、その思いを弟には手紙で正直に伝え、又、精神科の先生には素直な感覚で接しているようだ。しかし画面に向かう時は全く寡黙であったようで、精神的なバランスが取れないまま、天才画家が常に新しい分野に挑戦し続けていたのであろう。日本の浮世絵であったり(思い切り色の濃さで感情を表現した)、ひまわりの絵のように真っ黄色や、ギラギラ光る太陽であったり、又、夜の暗さの表現等(それは今まで見たこともない新しい世界である)、何かどこか、*1将来の暗さを予言するような木々等、時代は彼が生きるには厳しかったのかもしれない。(耳を切り落としたり、ピストル自殺したりした彼が描いたひまわりの絵という印象より、苦悩する1人の天才画家を鑑賞したようにおもう)。   備考:これは私流鑑賞記録です。
備考:関連記事:西洋では模写することは、けっして評価が低いということではないといわれています。

関連記事*1日本の時代の暗さについては散歩道<88>軍事費50%があります。<3242>ゴッホが描いたアルルの地方、2010年3月4日

関連記事:このゴッホ展は'05.7.26-9.25愛知芸術文化センター(10F)で開かれます。