散歩道<4141>                         自分流に纏めた           
                       仕事力・道具は走りながら拾う(3)  医療も、そして水もいる          (1)〜(4)続く
                             


本業の医療だけでは支援が足りない 
 私たちは1991年以来、アフガニスタン北東部の3診療所を中心にして、山岳無医村での診療を開始し、7年後には恒久的な基地病院をペシャワールにに建設しました。2001年〜02年は、アフガニスタンの首都カブールに五つの臨時診療所を設置しています。どの診療所も貧困地区にあり、患者は増え続けていました。  その頃アフガニスタンの国内は何年も大干ばつに見舞われており、作物を作りたくても土は干からび、飢えと病に悩まされる状況です。病気も殆ど栄養失調と清潔な水不足が原因だということは明らかでした。そうとわかっていて、目の前の本当に困っている人から頼まれたら嫌とは言えません。そして医療と併行して「せめて東部一帯の干ばつ地帯だけでも」と飲料水を確保する井戸を掘り始めました。私も井戸堀の技術を学び、道具を持ちます。先頭に立つ人間が自ら体を使わなければ、現地の人々はついてこない。もう土木作業の親方状態ですが。
 丁度90年代から、日本国内でも「国際協力」という言葉が使われ始め、海外での活動にあこがれて、若い人やシニアの技術者など現地に赴いてくれる人々が出てきました。しかしたまたま働く場所が海外にあるというだけで、私は国際協力という考え方をしていません。若い人には、まず現地で働くとは何かを理解して欲しいと思います。


理屈は意味がない。
 インターネットが普及して、世界のことが「分かるような気がする社会」です。現地に来る若者は、国際協力、環境問題、世界の南北問題と色々と語ります。しかし、ものを造るにはシャベルを振ったり、発破作業をしたり、汗とほこりにまみれて労働しなくては始まらない。日本ではどうも肉体労働を卑しい仕事のように考え違いしているから、やってきた当初はみんな不満そうにしています。俺はエンジニアだからと言い張って、結局シャベルを握ることもせず、この状況が受け入れられなく帰国していく人もいます。言葉も違い、環境も習慣も違う現地では、とに角みんなと汗を流していくしかありません。やがて具体的に働き方がわかって、労働が身についてくると、国際協力なんて理屈は出てこなくなる*2。20歳代の人でもそうなるには早くて半年はかかります。仕事に加わっていくときには、本人が自分のことについてよく洞察できるかどうかが非常に大切です。自分のリミットはこのあたりだという限界を認識して役に立っていくこと。自覚無くそれを超えて無理をすると、自分が苦しむだけでなく周囲に対してもさまざまに不都合なことを起こします。仕事の能力や道具は走りながら拾っていけばいいんです。アフガン社会の農民にとって、報道などで伝えられる政治的な動きは、殆ど生活とは無縁です。望んでいるのは、まず自ら生きること。彼らの中に一歩入って、そ人間としての営みを理解した若者が、これから強い仕事力を備えていくでしょう

'11.1.9〜 1.30. 朝日新聞 医療NGOペシャワール会現地代表・医師・*1中村 哲さん

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