散歩道<4092>
  
                               ザ・コラム@が生む悲喜劇(2)                       (1)〜(4)続く
                             居どころ感覚、落とし穴に
  

○  ○
 ボストン近郊のケンブリッジ市の通信技術会社BBNで働くレイ・トムリンソンさん。メール専用の住所を開発したきっかけは「何度電話をかけて伝言を残しても電話を返さない無精な同僚のおかげ」と話す。
 「電話はこちらとあちらが回線の両端にいないと使えない。こちらの用事とあちらの返事に時間差がある対話装置を作れば、どんな怠け者でも返事をよこすかなと考えまして」
 伸びひげに学生風のシヤツ同じ会社に勤務43年、オタクぽさに年季が入っている。
 @に着目したのは「キーボードに並ぶ記号の中で最も地味で下から」。人名とコンピューターグループ名を区切る記号が何か必要になり、盤上を見回してPの隣の@で目が留まった。要した時間は15秒かそこら。ちなみに、もし@に不都合があれば、代わりに!か*を登用するつもりだった。
 トムリンソンさんが瞬く間に創造したメールアドレスはその後、住所の概念を一変させていく。郵便物が配達される現実の「住所」と違って、「電子住所」には場所のしばりがない。ネットに接続できる場所なら地球上どこへでも、果ては宇宙空間までももっていくことが出来る。定住型の農耕民族なら固定住所ひとつで足りたが、東へ西へ忙しく動き回る遊牧民族型の現代人には、携行可能な電子住所の方がはるかに便利だ。
 だが、電子住所は私たちの
居どころ感覚」を微妙に狂わせる。24時間どこからでも連絡を受け取れるだけに、つい「実際にどこにいるかは知られまい」と高をくくってしまう。そして錯覚の先には落とし穴が待っている。
 例えば、先週まで米サウスカロナイア州知事だったマーク・サンフォードはこの@の穴に落ちて、次の米大統領候補の座をふいにした。

'11.1.19.朝日新聞・ニューヨーク支局長・山中 秀広氏

関連記事:散歩道<175>情報化時代はイメージと記号の世界に住み始めている、<309>数字・記号、<862>情報化時代は何でも記号化する、<2107>発想を代える・絵文字を世界共通語に