散歩道<4075>
記者有論・家族から弧族へ(2) (1)〜(2)続く
カーボンコピーのような私たち
家族の形がコピーであること。それが戦後を形作り、支えてきた。終身雇用の父親と専業主婦の母親。均質な家族が優良な労働力を供給し、均一の商品を同時期に大量に買うことで高度成長は地ならしされた。国もまた画一的な家族を前提に社会保障や教育制度を組み立て、その負担の多くを負わせた。
その半世紀後、高度成長によって形枠にはめられた家族は、孤立化、超高度化、格差化という思いに抱えきれずにあえいでいる。多様性のない家族の集団は、環境が大きく変わったとき、そのもろさをさらすのではないか。生物多様性を失った生態系が脆弱(ぜいじゃく)なように。
言うもでもなく、家族のかたちは大きく変わり始めたている。少子化、非婚化により、単身世帯が激増する。事実婚やひとり親家族、血縁関係のない家族も増えるだろう。戦後家族のモデルだった核家族は、家族の種類のひとつに過ぎなくなる。
こんな多様性こそが家族を救うと考えたい。フランスの出世率が回復したのは、婚外子も差別なく支援を受けられることが理由のひとつだった。「日本では年齢を問わず、標準的な家族の形から外れると生活が不安定になる」と山田昌弘・中央大教授は指摘する。どんな選択をしても十全に生を送れるような社会に脱皮できれば、きっと家族は生きる力を取り戻すだろう。 単身世帯や、孤立に悩む家族だけではなく、私たちすべてが「弧族」なのだ。そう自覚した時、初めて制度と政策、そして意識が変わり*1、新しい家族の時代が開けるに違いない。
'11.1.6.朝日新聞・社会グループ次長・真鍋 弘樹氏
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備考:'11年1月11日 11時:11分: これから、暫く、今までの文章の見直しをやりたいと思います。