散歩道<4074>
記者有論・家族から弧族へ(1) (1)〜(2)続く ・・・・・発想を変える
カーボンコピーのような私たち
一瞬、目まいがしたのは、ヘリコプターが急旋回したからではなった。海岸線から地平線まで埋め尽くした「マイホーム」の数に圧倒されたからだ。
昨年末、神奈川県から千葉県まで飛んだ本社機に同乗した。上空700bから眺めた首都圏には、気が遠くなるほど一戸建てや団地が集積していた。この数百万の小さな箱に「人の暮らし」が詰まっている。いとおしさがこみ上げてくると同時に、私たちの「生のかたち」がいかに似ているかを思う。
「弧族*1の国」という連載を同僚記者らと始めた。親の介護に神経をすり減らす。子の未婚と不安定雇用に思い悩む。多くの方に話を聞き、その生きづらさの感覚が、どれもよく似ていることに胸を突かれた。読者からの数百通のメールや手紙にもまた、他人事でない、という叫びが満ちていた。
今、あわせ鏡のように人々が同じ壁にぶつかっているのは、私たちが戦後に築いた家族がまるでカーボンコピーのようにそっくりだったから、だろう。例えば私の家族。父親は地方出身の三男で、状況して会社員となった。いま、両親は「後期高齢者」目前となり、同居の弟は40代で独身、記事に書いたような事例の多くは、いつ私の身に起きても不思議ではない。
'11.1.6.朝日新聞・社会グループ次長・真鍋 弘樹氏
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