散歩道<4068>
ザ・コラム・領土の外交(3) (1)〜(4)続く
正論ですめば苦労はいらぬ
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日本は、なぜこうも島の領有争いで囲まれているのだろうか。アジア大陸と太平洋の間を遮るように横たわる日本列島の地形のせいではあろうが、それに加えて過去の戦争や植民地支配の歴史が大きな影を落としている。
尖閣諸島は日本が台湾の獲得に至った日清戦争のさなか、竹島は韓国併合に道を開く日露戦争のさなかに、それぞれ日本が自国に編入した。手続きに間違いはなかったにせよ、中国、台湾や韓国では「戦争のどさくさ紛れに」と見がちなわけだ。
この点、北方領土は日露戦争で得たのではないが、ロシアはこの敗戦で大国の面目を失い、樺太の半分を取られた屈辱感があった。第2次大戦直後、ソ連がそれこそ「どさくさ紛れ」に北方領土を占拠したのは、その報復だったのではないか。
ただし、それには経緯もあった。大戦末期の45年2月に米英ソの首脳が集まったヤルタ会談で、ソ連を対日参戦に誘ったルーズベルト米大統領が見返りとしてソ連に樺太と千島列島の領有を認め、それが秘密協定に盛り込まれたのだ。
同行したグロムイコ駐米大使(後の外相)の回想録には、会談前にこの条件を知ったスターリンが「よし、いいぞ」と喜んで部屋を歩き回ったと書かれている。ソ連は千島列島に四島も含まれると解釈した。
彼らにすれば米国のお墨付きを得た思いだったのだろうが、米国も戦後は大きく変わる。56年、日ソ交渉に臨んだ鳩山一郎首相が「二島返還」で片づけようとしたとき「四島返還を求めなければ、沖縄は返さない」と強く反対したのは米国だった。激しくなった米ソ冷戦の下、日ソの進展を警戒したのだが、いやはや、国際関係はあざなえる縄のごとし・・・。
'10,11,10,朝日新聞・本社コラムニスト・*2若宮啓文氏
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