散歩道<3984>
 
                       講演会・日本現代批評と韓国の美(1)               (1)〜(2)続く          自分流に纏めた。

 講師の呉京煥先生は韓国美術を日本の作家・保田興重郎(1910-81)の全集と小林秀雄全集の文章から説明された。それは慶州の寺院の建物、仏像や石塔に描かれた彫刻等である。今に残る寺院や、石像など風雨にさらされ、廃墟になり、朽ちて消え去ろうとする瞬間に哀れさ感じるのである。慶州の遺跡は新羅時代のもので、日本の奈良時代、中国の唐時代にあたる。中国も、慶州も石が中心で、木に描かれた造形物は残っていない。
 そこに、天平
(奈良時代全般)の盛時に達しようとする時の技芸と美感を連想するが、廃墟を見れば余計そのはかなさを感じるのである。
 極彩色の剥げ落ちた様子に異国情緒と異色の建物であることに、特別な思いを描く。まさしく廃墟の中にある建築に、その瞬間の美しさがある。
 新羅が滅んで後何世紀の空白の後、この文化が慶州に、一方、奈良に引き継がれて残されていくが、それはまったく違った伝承方法で伝えられている古代文化の運命の姿である。
 奉徳寺の梵鐘は、唐の範疇を超えているし、東大寺燈篭の天女に匹敵する。又、新羅の屋根の瓦の精巧緻密な模様は、唐以上のものである。
 また、小林秀雄
(1902-83)の全集の文章からの説明では、美は造形美として捉える。美を歴史的な流れの中でとらえず、精神に拮抗する事物として考える。彫刻師が仏像を彫る時に感じていた精神を、自分はもっているのか、その美を理解しているのかということに悩むのである。

'10.11.9.講演会
日本現代批評と韓国の美」・釜山大学教授・呉 京煥氏 (OH Kyong -hwan)

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