散歩道<3944>
オピニオン・耕論・逆境をゆく(1) (1)〜(2)続く
人生なんてご飯と一緒
私の人生も波乱万丈で、「普通の人の3倍生きてきた」って感じがするね。中学生から相撲を始めて横綱になり、親方もやったけど、年寄株を担保に借金するという大失敗で、1985年に相撲界を去ることになった。そこで、ジャイアント馬場さんに自分からお願いして、プロレス界入りを決めたんだ。
「横綱までやった男が何でプロレスを」と思う人もいたかも知れないが、私はそういうことはひとつも気にしなかった。くよくよしてもしょうがない。相撲でも、東が勝ったり西が勝ったり。結果がでたら、次は何をするか、っていうことに集中するんだ。
馬場さんはデビュ−前、私をアメリカに修行に出して、一流のレスラーたちをコーチにつけてくれた。「お金をかけてでも、輪島を何とか育ててやろう」という気持ちが伝わってきた。他の選手たちから新弟子扱されることも覚悟していたけど、みんな「横綱」「横綱」って顔を立ててくれた。「やっぱりオレ恵まれているな」って思ったよ。地元の石川県でデビュー戦をやった時も、マスコミが200人ぐらい来て、「まだオレのことこんなに追っかけてくれるのか」と。本当にうれしかった。
プロレスを引退した後も、就職した会社のアメリカンフットボールで監督をやったり、2年ぐらいテレビのバラエティー番組に出たりもした。今もよく講演を頼まれるんだ。
'10.10.26.朝日新聞・第54代横綱・輪島 大士氏
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