散歩道<3928>

                          オピニオン・耕論・外交と世論(2)                   (1)〜(4) 続く      
                           大きな政治で内向き崩せ               

首相が下す決断
 
 外交の当事者はさんざん苦労した結果だから、自分がまとめた妥協はよかったと思う。しかし、本当によかったかどうかは、時間がたたないとわからない。戦後の日本の基礎は、1951年のサンフランシスコ平和条約と旧安保条約ですが、日本国内では、特にインテリの間では、ソ連など社会主義国も含む全面講和論が強い支持を得ていた。吉田茂*1首相の単独講和論、多数講和論は激しい批判にさらされていたのです。吉田路線は東西冷戦の世界で、西側の陣営に属する選択でした。いま振り返ると、その結果、日本の平和は守られ、経済は発展し、民主主義は根を下しました。しかし、50年代には議論の余地が十分にありえたのです。
 世論を説得し、あるべき方向に引っ張っていくのが、政治の役割です。戦後の外交の筋目になったような重要な案件は、ほとんどが政治主導でした。政治主導とは、そのときの首相が、自分の目指すところを国民に示し、細かな実務は官僚に委ねることです。
 
'10.10.13.朝日新聞 元駐米大使・栗山 尚一さん


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