散歩道<3920>
ザ・コラム・尖閣と日中 (2) (1)〜(4) 続く '
ケ小平氏を超える知恵は
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「この問題は一時棚上げしても構わない。我々の世代の人間には知恵が足りない(略)次の世代の人々に我々よりもっと知恵があろう。その時は皆が受け入れられるよい解決方法を見いだせるだろう」
1978年10月、日中平和友好条約の批准書交換のため副首相として来日したケ氏は「好々爺のようで、打てば響くような人」(福田康夫氏)だった。世界各国の特派員が詰掛けた日本記者クラブでの会見を当意即妙の答えで乗り切ったが、尖閣の問題ばかりは言葉を選んで先送りしたのだ。
その半年前、200隻近い中国漁船が尖閣に現れたのを機に問題が騒がしくなっていたが、質問をたくみにかわしたケ氏を「すごいと思った」というのは外務省アジア局長として案内役をした仲江要介(後の中国大使)だ。この来日には中国近代化に向けて日本から資金と技術を引き出す目的があっただけに「やっかいな問題はこうするしかないと考えたのでしょう」。
10.10.13.朝日新聞・本社コラムニスト・*1若宮 啓文氏
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